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昼食

「あのー、小山さん、なんか顔色悪いですよ。体は大丈夫ですか?具合悪いんですか?」 外回りの道中、営業部の後輩の(わき)が心配そうに顔を覗き込んでくる。 「寝不足かあ?肌が青白くて、目の下にうっすらクマあるし、マジでコントに出てくる病人みてえだぞ」 営業部の先輩大平(おおひら)が、冗談を混じえながら、本当に心配そうな様子で尋ねてきた。 「あー……ほら、最近立て込んでるでしょう?取引先が増えてきたし。それでバタついてるから…」 口をついて出てきたのは、自分でも驚くぐらいに聞き苦しい言い訳だった。 「ああ、確かにねー。忙しくなるのはいいことなんだけどさあ」 「仕事がひと段落するまでの辛抱ですね」 こんな理由で通るだろうか、小山はと内心あせっていたが、脇と大平はこれで納得したらしい。 「まあ、得意先に失礼ないようにな」 「はあい」 先輩にたしなめられて、小山は気のない返事をした。 取引先とのやりとりも無事に終わり、営業部のデスクに戻ると、小山はパソコンを開いて、今日の営業記録をつけ始めた。 営業記録をつけるのは存外早く終わったものの、これを事務所まで持っていくのに抵抗があった。 事務所に行くとなれば、嫌でも光史朗と顔を合わさなければいけなくなる。 「小山さん、よかったら、それ持っていきましょうか?」 印刷し終わった営業記録を片手に持ったまま、どうしたものかと考えている小山に、脇が声をかけてきた。 「ああ……ありがとう、お願いするよ」 言うと小山は、営業記録を脇に明け渡した。 「小山さん、今までずっと私たちの分まで書類出してくれたり、事務所へのお願いも代わりに行ってくれてたでしょ?たまには私が行きますよ!」 脇はにっこり笑って、営業記録を自分の分の書類と一緒にまとめると、軽い足取りで去っていった。 今の今まで、他の人の分まで書類を出していたのは、光史朗に会いたいだけであって、善意から来るものではない。 後輩を騙しているような気がして、小山はなんだか申し訳ない気持ちになった。 次の外回りを終えて帰ると、ちょうど昼食の時間になっていた。 ──今日は、食堂以外のところで食べよう…… あんなことあったんだもん、まともに顔合わせられないし 伊伏さん、ひょっとして今まで迷惑だったかもしれないし、それなら、もう誘わないほうがいいよな…… そうして自分を納得させて、小山は今日の昼食は会社近くのコンビニのイートインコーナーで摂ろうと考えた。 ──なに食べるかなあ… ぼんやり考えながら、小山はワークチェアから立ち上がる。 「ねえ、小山さん」 光史朗の声が聞こえた。 ハッと振り向くと、営業部のドア付近に、光史朗が立っていた。 「なんか、今日は来るの遅いから、ぼくから来ちゃった。ねえ、一緒に食堂行こう?」 どこか困ったように、それでいて照れ臭そうに、光史朗が食事に誘ってきた。 こんなことは初めてだ。 それこそ、あんなことがあった後で誘われるなんて思わなかった。 あまりに予想外な出来事に、小山はポカンと口を開けた。 「今日は少ないんだね。お腹の調子悪い?」 光史朗がエビフライ定食を乗せたトレーを、テーブルの上に置いた。 「いや…大丈夫だよ」 いつもはバカに食べるのに、今日に限って菓子パン1つと紙パックのコーヒー牛乳だけを摂る小山を不思議に思ったのだろう。 食事に誘われることも、光史朗から話しかけられるのも、これが初めてのことだ。 今までは小山が話しかけて、光史朗が最低限の返事をする、ということの繰り返しだっただけに、小山は戸惑いが抑えられなかった。 ──伊伏さん、どうしたんだろ…まあ、嬉しいけどさ…… 菓子パンをかじりながら、小山はエビフライを箸でつまむ光史朗を見つめた。 光史朗は箸の持ち方はもちろん、食べ方もキレイなので、ともに食事していると気分がよくなる。 「ダイエットとか?あ、違うよね。営業部ってすごい歩くもん。脚すっごい鍛えられるでしょ?」 光史朗が箸で白米を1口分つまんで、口に放り込む。 「まあね、日によっては1日中外回りだよ。そういうときはもう、ふくらはぎがパンパンになってるね。競輪選手ってあんなカンジかも」 「そうだよね。ぼくは1日中デスクに座りきりだよ。だから、うちの先輩は「腰が痛い」「肩がこる」ってしょっちゅう嘆いてる」 昨夜からの苦悩がウソのように、小山は晴れやかな気分になった。 光史朗の心情ははっきりしないが、こうも気にかけて、話しかけてくれるのは素直に嬉しい。 「ねえ、ワンダーランドカフェで隣に立ってたあの女の人は?」 「ああ、アイツはうちの姉だよ。アイツのワガママであそこに行くことになって、そこで伊伏さんに会ったワケ」 話しながら食べているうち、小山はコーヒー牛乳も菓子パンも全て食べきった。 「キレイな人だよね。最初見たとき彼女かと思ったよ」 「イヤだな伊伏さん、よしてくれよお!あんなのが彼女とかマジ勘弁!!」 光史朗の言葉に、小山はケラケラ笑った。 「そんな否定しなくても…」 「いや、マジでムリ。アイツ、ホントにガサツだし、人づかい荒いし。あ、そうだ。伊伏さんと一緒にいた女の子たちは?あの子たちとはどういう関係?」 「みんな友達だよ」 「へえ、高校の同級生とか、大学の友達とか?」 「ううん、全員ネットで知り合った子。実を言うとね、本名も住所も知らない」 「え?マジ⁈それで友達って言えんの?……いや、今どき珍しくないか。最近はそういう人が多いって聞くし」 小山がウーンと考え込む。 思い返してみれば、自分の友達にもどこに住んでいるのか、仕事は何をしているのか全く知らないが、それなりに仲良くしている友人がいる。 「まあ、気は合うし、いっしょにいると楽しいよ」 「まあ、いっしょいて楽しかったら、なんでもいいよね!」 「うん、そうでしょ。あ、ねえ、ところで、昨日の話の返事なんだけど…」 エビフライ定食を完食した光史朗が唐突に切り出してきて、小山は身構えた。 「な、なに?」 小山がごくりと生唾を飲みこむと、口内にわずかに残っていたコーヒー牛乳が喉を通り抜けていった。 「ぼくでよかったら、付き合ってください」 「え、あの…いいの?」 小山はかーっと顔が熱くなり、酸欠寸前の魚みたいに口をパクパク動かした。 「告白してきたのはそっちじゃない。ヘンな小山さん!」 光史朗がクスッと笑った。

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