10 / 16

答え

「え?」 光史朗は思わず間抜けな声を出した。 目の前の男は何を言っているのだろう。 「ねえ、伊伏さんって、男は恋愛対象外?」 「え、いや…あー、ごめん、食べ終わったし、急ぎの仕事があるから……」 光史朗は椅子から立ち上がり、食べ終わった食器と箸が乗ったトレーを持ち上げ、その場を去った。 そうして、急いでトレーを返却口に戻すと、足早に食堂から出ていった。 ──やっちゃったかも…… 急ぎ足で食堂を出て行く光史朗の姿を見て、小山は呆然としていた。 「急いては事を仕損じる」とはこのことだ。 もう少し、距離を縮めてから告白すべきだった。 ──最悪…… 数分前の自分の行いを後悔しながら、小山は冷めたラーメンをすすった。 こんなときでも食事を残せない自分の性分には、ただただ笑うしかない。 なんとかラーメンを腹に流し込んだが、冷めているのに加えて、気分がとことん落ち込んでいるからか、まったくと言っていいほど味がしなかった。 ──これから、どんな顔して会えばいいんだろう? 昼食を終えて持ち場に戻ると、小山は仕事に集中することだけを考えた。 目の前のことだけ考えていれば、一時的ではあるが、昼時の失敗を忘れることができた。 しかし、いざ仕事が終わってみれば、後悔の念がドッと押し寄せてくる。 なぜあんなタイミングで言ってしまったのか。 もう少し待てばよかったのに。 帰りの電車の中、小山はあれこれ考えて、気持ちを整理しようとしたが、かえって頭がこんがらがるばかりだった。 今日の午後は提出しなければならない書類はなかったし、事務所にこれといった用事もなかったから、光史朗と顔を合わせずに済んだ。 しかし、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。 明日、会ったときに、どんな顔をして、どんな言葉をかければよいのか。 小山は肺の中の酸素を全て出し切るほどの勢いで、ハアと深いため息を吐いた。 家に着いてからも、苦悩は続く。 狭い部屋の3分の1を占領するパイプベッドにドサッと体を預けて、天井を見上げた。 結局、その日は着替えることもせず、夕食も取らず、風呂にも入らずに、そのまま寝てしまった。 できることならいっそ、このまま永遠に寝入ってしまって、明日など来ないで欲しいという感慨に耽った。 普段なら、明日も光史朗に会える嬉しさでウキウキしていたぐらいなのに、今はただただ辛い。   翌朝、小山はワイシャツにスラックスのまま目が覚めた。 鉛玉でも括りつけられたみたいに体がだるくて重くて、寝返りをうつことすら煩わしいくらいだ。 だが、寝たままでいるわけにもいかない。 重要な案件をいくつか抱えているのだ。 ──起きなきゃ…… 小山は陸に上がったトドのように、のそのそとした緩慢な動きで、なんとか自力で起き上がった。 次に、ほどけかかっていたネクタイをしっかり結び直し、ぐちゃぐちゃになった髪をクシで整えた。 そして、冷蔵庫から出した缶コーヒーとヨーグルトをカブガブ飲むように摂ると、ジャケットを着てバッグを持ち、憂鬱な気分を引きずったまま会社に向かった。

ともだちにシェアしよう!