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第3話
それから二週間ほど過ぎて、夏休みも残り一週間を切った頃。部活が終わってから、駅まで一緒に行こうと伊吹を誘った。
沈みかけた夕日に照らされながら、人気のない田んぼ道を二人で歩く。
「駅あっちじゃないですか?」
もっと近い道があるのにわざと遠回りをしたことに気がついたのか、伊吹は不思議そうに駅の方向を指す。
「話したいこともあるし、今日はこっちから行こう。急いでる?」
「急いではないです」
それから少し会話が途切れたけど、意を決して隣を歩いている伊吹の顔を見上げる。
「この前の、伊吹が言ってたことだけど。俺と恋してみますか、とかいう」
「ああ、考えてくれました?」
期待に満ちた眼差しで見つめられたけど、わずかに視線を落とす。
「考えたんだけど、恋ってしようと思って出来るもんじゃないと思う」
「……それもそうですね」
気落ちしたような伊吹に少し心が痛んだけど、そのまま話を続ける。
「俺、部活以外の時のお前のこと何も知らないし。中学の時の伊吹のことも知らない」
「聞いても面白い話じゃないから」
「でもさ、俺は伊吹の気持ちに気づいてさえいなかったのに、伊吹はその間もずっと俺のことを特別に思ってくれてたんだろ? なんかそういうのって……」
「気持ち悪い?」
言い淀んでいると、眉を下げた伊吹に見つめられ、小さく首を横に振った。
「そうじゃないよ。そうじゃなくて……、もどかしいんだ」
「もどかしい?」
「部活以外の時に普段伊吹が何してるのかもほとんど知らないし、昔の伊吹のことも知らない。伊吹が俺を好きでいてくれたことさえつい最近知ったのに、あの日から伊吹のことばっかり考えてる。部活の時も、気がついたら伊吹のことばかり目で追ってるんだよ。俺、つい最近までお前のこと意識してなかったのに。それなのに……」
あの日から、伊吹のことがずっと頭から離れない。
つい最近まで仲の良い後輩としか思ってなかったのに。伊吹から好きだと言われた途端に気になりだすなんて、あまりにも単純。
恋しようと思ってするものじゃないはずなのに、伊吹のことが気になって気になって仕方ないんだ。
「こんな気持ち初めてなんだ」
この二週間ずっとぐるぐる考えていたことを打ち明けると、伊吹と目が合った。
「俺もです」
そう言った伊吹の耳はわずかに赤く染まっていたけど、きっと俺の顔はそれ以上に赤くなっているんだろうな。だってさ、今信じられないくらいにドキドキしてるから。
伊吹が身を屈めて顔を近づけてきたので、とっさに目をぎゅっと瞑る。一瞬だけやわらかいものが唇に触れて、すぐに離れていった。
そっと目を開けると、目の前にはさっきよりもさらに赤くなった伊吹の顔。そんな伊吹を見ていたら、心臓が手で掴まれたみたいに苦しくなる。
「これから、伊吹のこともっと教えて。知りたいんだ」
こんな気持ち初めてでどうしたらいいのか分からないけど、伊吹のこともっと知りたいんだ。知らないことが多いのが残念で、すごくもどかしい気持ちになる。
「もちろん。先輩のことも教えてください」
返事をする代わりに伊吹の両手を握りしめる。それから少しだけ背伸びして、その唇に自分の唇を重ねた。
END
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