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第5話 霧島の助言
それから一週間。
俺と瀬名はまるで口をきいてない。メールも電話も、なし。
同じクラスだから、どうあがいても顔を合わせなければならない状況になるんだけど、俺は頑なに瀬名の姿を目にうつさないようにしていた。俺からメールが来ても、目が合っても、瀬名は不快な思いをするだけだろうし……と思うと、とてもじゃないが俺からコンタクトを取る気にはなれなかった。
その代わり、俺は授業中に瀬名の後ろ姿をガン見しまくった。瀬名の表情を窺いたくて、それはもう、穴があくほどに。
瀬名は相変わらずシャープで、華やかで、かっこよくて……。こうして改めて瀬名の行動を眺めていると、やはりあいつは昔よりも女子と会話をする頻度が上がっているようだということに気づく。
数人の女子に囲まれて喋ったり、隣の席の女子に話しかけられて相手をしたり……俺といない時の方が、瀬名の周りは賑やかな気がする。
女子と話す時、瀬名はすごく優しい表情を浮かべてる。俺といる時の無愛想な顔とは比べ物にならないくらい、きらきらするような眩い笑顔を見せるんだ。そういうあいつの姿を遠目に見つけてしまった時は、どうしても、しくしくと胸が痛んだ。やっぱりあいつには、リア充生活が似合うんだ。俺なんかと乳首舐め合ってる場合じゃないんだ……と、俺は改めて、だらだらと不謹慎な関係を続けてしまったことを申し訳なく思ったりした。
そんなこんなで冴えない日々を送っていたある日、俺は日直の仕事で霧島とペアになった。
瀬名は、霧島や弓月ら水泳部員たちとは相変わらず仲良さそうに言葉を交わしたりしてる。……そういうのも、見てると複雑。
今目の前にいる霧島なんて、誰よりも華があって、イケメンで、水泳部で活躍しまくってるってことを学校中の誰もが知っていて、おそらくは非童貞。リア充を絵に描いたような羨ましい存在だ。瀬名みたいな美人系チャラ男の隣にいてバランスがいいのは、こういうやつなんだろうなって思う。
その日の放課後、俺と霧島はふたりきりで教室に残っていた。担任の水原から、ノートやプリントなどの提出物チェックという細かい雑用を押し付けられていたからだ。
二つ並べた机を挟んで向かい合い、俺たちは淡々と提出物と名簿を照らし合わせていく。俺が読み上げた名前を霧島がチェックし、それを出席番号順に並べるという面倒な仕事だ。霧島は、完全にその仕事に飽きているらしい。すごい眠たそう。
「……くっそ、水原のやつ。俺にはいっつもこういうまどろっこしい雑用押し付けやがって……」
と、ブツブツ文句を言いながらも、霧島は名簿に小さな丸印を書き込んでいる。すぐ横に開いたままの学級日誌があるのだが、霧島は見た目に反して整った文字を書くようで、俺はちょっとびっくりしてしまった。
「うわ、霧島って、字きれいだな」
「え、そーかぁ? ガキの頃から、それだけは兄貴がうるさくてさ。字は丁寧に書きなさいって」
「へぇ……」
どこから見ても傍若無人の俺様っぽい霧島に言うことを聞かせるなんて、きっと霧島の兄貴はこいつ以上に強面でゴツくて厳 つい男なんだろうな……なんてことを想像しつつ、俺はきれいに並べ替えの終わったプリントを、とんとんと机の上で揃えた。
すると霧島がふと、俺にこんなことを尋ねてきた。
「……一条さぁ。瀬名と喧嘩でもしたのかよ」
「……えっ?」
「ここんとこ、あいつずっと元気ないんだけど。お前のことじーっと見つめて、悲しそうな顔してため息ついたりしてさ。なんなの? お前、あいつになんかムカついてることでもあんの?」
「ムカついてって……俺が?」
……悲しそうな顔をして、ため息をついていた……? え、なにそれ。どういうことだよ。
霧島は頬杖をついて真正面から俺を見つめ、さらに続けた。
「何があったのか知らねーけどさ。無視はよくないぜ無視は。ちゃんと瀬名の話、聞いてやれよ」
「い、いやいや! 俺から距離とってんのはあっちだよ? 俺は……話したいと思ってる、っていうか……」
「え、そーなの? なんなんだよお前ら、意地張り合ってねーでとっとと仲直りしろよ。あいつ、最近部活中も上の空って感じなんだぞ。そろそろ部長も決めなきゃいけねー時期なのに、あいつにぼけっとされたら、俺らが困るんだ」
「……そう言われても」
「瀬名と俺が部長候補なんだけど、俺は絶対なりたくねーからあいつに全部押し付けたいわけ。そんな大事な時に、あいつにぼんやりされてたら、俺がうっかり部長にされちまうだろーが。だから一条がなんとかしろ」
「うーん。でもあいつ、俺には話しかけるなオーラばんばん出してんじゃん。仲直りって言われても……」
霧島は頬杖を解いて机の上に身を乗り出してくると、キリッとした目で俺を見つめてきた。うう……間近で見つめられるとドキドキするんですけど。引くほどのイケメンだぜ……。
「お前ら、すげぇ仲良かったじゃん。同中 なんだろ? あいつの性格くらい、よく分かってんだろーが」
「……性格ねぇ」
「一条も意地っ張りなのかもしんねーけどさ、瀬名もそうとうの意地っ張りだろ? お前から話しかけていかねーと仲直りなんて無理だろ、平行線だろ。あいつ絶対自分から謝ったりできねーじゃん」
「……確かに」
「お前らがギクシャクしてると、俺らもなんか調子狂うんだよ。だから、いい加減仲直りしろ。弓月も心配してるし」
「……え、そーなの?」
霧島の言う通り、瀬名はそういう性格だ。
気が強くて意地っ張りで、素直じゃない。なかなか自分の非や弱みを認めることができなくて、ついついツンツンした態度になりがちだが、根はすごく繊細で優しくて、すごく気が利くやつなんだ。
それに、まさか霧島や弓月にまで心配をかけているなんて、思ってもみなかった。
俺は再び学級日誌を書き始めた霧島の手元を見つめながら、「……そうだな」とつぶやく。
「メールしてみる、かな……」
「そーしてやれよ。今日は水原が出張でいないし、コーチも風邪気味だから、多分部活早く終わるし」
「……そーなんだ」
「おいおい、サッカーやってるときの威勢の良さはどこ行ったんだよ。お前、部長になったんだろ? 幼馴染くらいビシッとシメろ」
「……お、おう。てか、なんで知ってんの? 俺が部長になったってさ」
「女どもが噂してた。『一条くん、部長だって。すごーい♡』とか『優しくて頼もしいもんね。素敵だよねー♡』とか」
「えええっ、まじかよ。嘘だろ? 俺そんなの知らねーよ」
「はぁ? こんなん嘘ついてどーすんだよ」
霧島が女子の言葉を声真似している様子はとてつもなく不気味だったが、そこはかとなく、俺を励まそうとしてくれているらしい……ということは伝わってきた。霧島って、思ってたよりいいやつなのかも……。
そう、俺はつい最近サッカー部の部長になった。うちの部は強いやつも多いが個性派ぞろいで、なかなかに騒がしい。そんな部をまとめることが出来るのは、お前しかいない……と顧問や先代部長に打診を受けた。しばらく渋ってたけど熱心に説得されたから、俺はその申し出を引き受けたんだ。このことも、まだ瀬名には言えてない。
俺が部長になるなんて知ったら、瀬名は何て言うだろう……。明るく笑って、「すげーじゃん! やったな!」って言ってくれると思うんだけど……。
そんなことを考えてると、無性に瀬名の笑顔が見たくなってきた。
「……ありがとな、霧島。瀬名と話、してみるよ」
「そうしろ。じゃないと俺が部長になっちゃうだろ」
「あはは、ほんとだな。でも霧島ってさ、部長とか似合いそうだよ? 偉そうだし、威圧的だし」
「はぁー!? なんだよそれどういう意味だよ!!」
「ははっ、ごめんごめん。じょーだんだって。……でもさ、霧島ってカリスマ性みたいなのあるしさ。部員もしっかりついてきそうな気がするけど」
「いやだね、ふっざけんなよクソめんどくせー。俺は泳ぐことに集中したいんだ。部長業なんてやってられっか」
霧島はぱたんと学級日誌を閉じ、ため息をつきつき伸びをした。長い手足をいっぱいに伸ばして肩をぐるぐる回している様子は、とても伸びやかで自由な感じがした。
「はーあ、終わった。一条も部活行くだろ?」
「おう。あ、俺が職員室持って行っとくよ。プール、反対方向だし」
「そーか? サンキュ、助かる」
そういって不意打ちのようににっこり笑う霧島の笑顔は、思いの外幼く見えてびっくりした。そういえば、俺は今まで霧島の笑顔を見たことがなかったような気がする。体育の授業の時以外はいつも眠そうだからな……。
「今度三人で遊ぶんだけどさ、一条も来いよ」
「え、俺も行っていいの?」
「え? いいに決まってんじゃん。瀬名もそっちのほうが楽しいだろーし」
「そうかなぁ」
他愛もない話をしながら教室のドアをガラリと開くと、長い廊下の遥か向こうに、バタバタと走り去る瀬名の背中を見つけた。……何やってんだ、あいつ……。
「ん? あれ、瀬名? なんだ、話あるなら入ってくれば良かったのにな」
「う、うん……」
……何となく、嫌な予感。
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