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初恋独白
俺は彼が好きだった。
周りの友達よりどことなく大人びた仕草、笑うと目尻にできる皺、大きな口元、濃くて丸い黒い瞳、軽音楽部でギターを弾く彼の指にあるいくつもの硬くなったマメ、座ると膝に片足を乗せる少し粗野な癖。背伸びして吸った煙草は咽せ返って、マズイと涙を浮かべ爆笑して終わった。
彼が今日、どんな表情をするのかいつもそばで眺め、目が合うと「どうした?」と聞かれる。決まって俺は「なんでもない」と答えた。いつものそれが終わると彼は再び友人たちとの談笑へと戻ってゆく。
小学6年の夏に転校してきた彼と知り合い、それからずっと高校3年の今まで腐れ縁。お互い片親で複雑な家庭の子供として俺たちはなんとなく似たもの同士でやって来た。家に帰っても待つ親はいない。鍵を開けるのはいつだって自分自身。年を重ねるごとに父親と話すことが苦痛になって来た彼は家に帰るのが億劫になり、バイトを始め、バイト仲間や軽音部の仲間と夜遅くまで時間を潰すようになっていった。
少しずつ彼と俺の時間にはズレが生じて、高校生になってからは夜遅くに塾が終わる俺と、仕事帰りの母が一緒に帰宅するようになり、少し遠くに見える彼の家の窓はずっと暗いままだった。
朝の通学路で見る彼はいつも欠伸をしていた。
バイトが遅かったのか、その後の友人たちとの時間が遅かったのか、彼は自分が眠いという事実を語るだけで俺には何も話さなかった。
高校2年の俺たちは、今みたいにそこまで大きな距離はなかった。
バイトと塾といった互いの生活のズレだけじゃなく、彼との間に距離が出来た本当の原因を俺は知っていて、知っていながら知らんぷりしていた。
だって、次に冬が来たら彼とはもう二度と会えないだろうから──。
大学進学の俺と、就職する彼──、
完全なる別々のレール。別々の人生。違う世界。彼は俺の知らない新しい仲間と別の未来を進むのだ。
「アイツお前のこと好きなんじゃないの?」
高校2年の3学期、廊下で彼の友人がそう告げるのを聞いた。
友人のいうアイツというのは、つまり俺のことだ。
「なんだそれ」と彼は軽く笑ってあしらった。
「だってアイツ、俺らとなんも話さねーのにいつもお前に着いて来てさ、飼い犬みたいに話してるお前見つめて大人しくしてるだけだし」
「別に。昔からそうだし、幼馴染みなんてそんなもんだろ」
「いや、明らかに変だって。お前らって実はデキてんの?」
「くだらねぇ」
彼はそう一言告げると、その話を終わらせた。
あの煙草の時と同じ、灰皿に押し込むみたいに──。
それから彼と俺の時間にわかりやすいズレが生じて、いつもなら「お前も一緒に行くだろ?」と何気なく掛けられていた放課後のあの声が聞こえなくなった。
「最後にあれを聞いたのはいつだろう……」
俺は自室の窓から、未だ暗い彼の部屋の窓をぼんやりと眺めた。
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