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初恋襲来
12歳の夏。彼は俺の前に現れた。
東京から来た彼は少し周りの子供から浮いていて、彼の纏う空気は田舎じみた俺たちとは違い、それを揶揄う奴もいたけれど、彼はそれを他人事みたいに傍観して躱した。
女子たちはそんな少し大人びた彼に惹かれ、男子たちも腹の底では羨ましく思っていたのだ。
最初に声をかけて来たのは彼の方からだった。
放課後、家族の待つ家を持たない俺は音楽室に一人、独学で覚えたピアノを弾いていて、彼がそれに興味を持って声を掛けてきた。
「すごいな、お前。ピアノ弾けるんだ」
突然掛けられた彼の弾んだ声に俺は心臓が飛び跳ねた。吊り橋効果だったのかもしれないけれど、その後もずっと俺の心臓はバクバクと爆ぜんばかりに膨れては震えていた。
ひとつの椅子にぎゅうぎゅうになって並んで座り、俺はピアノを弾いて、彼はそれを横で楽しそうに眺めた。
「お前、大きくなったらピアニストになるの?」
「なにそれ、俺ちゃんと習ってないよ」
「そうなの? ピアノ弾いてるお前すごいカッコイイのに。指の動きとかスゲー綺麗」
──綺麗。その言葉がすごく俺の心に刺さった。何かとてつもなく特別なものみたいに聞こえた。
バクバクしていた心臓がゆっくりと血液を流し始めて、俺はようやくそこで彼の瞳をちゃんと見ることが出来た。
彼は丸い真っ黒な瞳で俺をじっと見ていて、目が合うと無邪気にくしゃりと笑った。
その時見せた彼の笑顔がとても可愛くて、自分と彼はちゃんと同い年なんだと、安心から自然と出た俺の笑みに彼は満足したのか次の曲をリクエストして来た。
あの日から彼は俺の特別になった。
教室の中でも放課後の音楽室でも彼と一番多く話すのは俺だったし、クラスの連中はそんな俺に内心羨望の眼差しを送り、俺はわかりやすい優越感に頭のてっぺんまで浸った。
中学に上がると、放課後の暇つぶしのピアノから俺たちは遠退き、彼と学校近くのたこ焼き屋に入り浸っては、飽きることなくその時仲の良い友人たちと時間を潰した。
新しい仲間を作ることを苦手とする俺とは正反対に、彼には彼の待つ潜在的な魅力に惹かれた仲間たちが自然と集まるようになった。
俺は内心それを疎ましく思うこともあったけれど、彼は俺を昔からの親友として周りとは一線を引いて、どこへ行くのも俺に必ず声を掛けてくれたし、黙って顔を眺めればどうかしたかと気に掛けてくれた。
なのに、いつからだろう──彼は俺の視線に気付かないふりをするようになった。多分、あの廊下での出来事からすぐだったようにも思う。
だから俺も極力彼を目で追うのをやめたし、高校3年になってからは、一人で過ごす学校時間にも慣れようと、別々の教室で彼が仲の良い友人たちと声を上げて笑い合うのを必死に想像しないように目を瞑り、参考書を枕に眠ったふりをした。
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