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Side C

 実家に息子を預けて外に出ると、隣家の紫陽花が随分と色褪せているのに気付く。緑色に変わって来たと言えば良いのか。確かに梅雨も明けたから、そろそろ紫陽花の季節も終わりなんだろう。こうして色を変えて行くから、変な花言葉を付けられちゃうのよ、と独り言ちる。 「真実を知ったとして、奥様はどうされたいんですか? どっちにしろ別れないというなら、真実を目の当たりにせず疑惑のままにしておいた方が、圧倒的に楽ですよ? そこまでよく考えてからご依頼いただいた方が良いかもしれません。」 探偵事務所に調査を依頼しに来たのに、なぜか止めておけと説得される。商売気のない探偵さんだな、と思う。 「別れる場合は?」 「まぁ、慰謝料や養育費を請求するのに使えるってだけですよ、調査結果は。中には、ご主人の会社にもバラ撒いて辞めさせる人もいますが、それでは養育費も十分貰えなくなりますし、何よりお子さんがお父さんに会った時、やさぐれたお父さんにガッカリしたり、お母さんは酷いヤツだと言い聞かされたりして、良いことは一つもありませんね。」 「私も、それは嫌です。」 だって、彼はそこまで悪いことをしたワケではない。ただ、恋を知ってしまっただけなのだ。私は、まだ恋を知らなかったあの人を、ちょっとズルして手に入れた。だから、バチが当たったのかもしれない。 「やっぱり。奥様は結局、御主人のことがお好きなんですよね? 片想いだとしても。それなら、相手を知らない方が良いのではないですか? 慰謝料をふんだくってやろうと企む方には、どうしても見えなかったので。」 不倫のスリルを楽しむような人だったら、お金をしっかりもらって別れようと考えただろう。でも、彼は違う。あんな背中を無防備に私に曝しちゃう人だ。私は…、彼を困らせたいワケじゃない。不幸になれとか、微塵も思わない。ただ彼の中に、ワタシを刻み込ませたいだけだ。本物の恋を知ってしまっても、簡単に私を忘れ去らないで欲しい。あぁ、やっぱり私、あの人のこと、好きなんだな…。こんなに誰かを好きになるとは、思わなかった。 「ありがとうございます。よく考えてみます。」 丁寧にお辞儀して、外に出た。取り敢えず仕事を探してみようかな。資格を取るのも良いかもしれない。そうね、愛されていない結婚生活を送るうち、どんどん自分に自信を失くしてしまったように思う。私にとっても良い事ないのよね…。久々に独りで見上げた空は、とっても綺麗だった。

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