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第1話
垂れ流したままのテレビから聞こえて来るのは、誰がこんな恋愛したとか、浮気や不倫、好きだ嫌いだばかりで、何か他のをと思ってドラマをつけても愛だ別れだばかりで、嫌気がさす。
40過ぎても人を恋愛感情で好きになった事はない。
よく聞かれる、「初恋はいつですか〜?」と言う質問にも、最初のうちは真面目に「未だに人を好きになった事がない。」と答えていたが、宇宙人でも見るような目で見られ、愛のない人と陰口を叩かれ、というのを何度か経験するうちに、「幼稚園の先生……だったかな?」なんて嘘をつくようになった。
別に人が嫌いなわけではない。両親や家族への愛もあるし、友人もいる。ただ、他人を自分のパーソナルスペース内に入れるのが苦手なだけだ。ましてや肌と肌を重ねるなんて……
考えただけでブルっと身震いする。
何故、他の人達はあんな気持ちの悪いことができるのだろうか?子作りだって今は体外受精で出来るし、快楽なら他にいくらでもあるだろう。好きという感情だって永遠に続くわけではない。面倒臭い感情のあれこれに振り回されて仕事に支障をきたしている人々を何人も見て来た俺にとって恋愛なんて百害あって一利なし。
だが、こんな事を他の人に言っても全く理解してはもらえず、仕事のせいにして上司からの見合い話や同僚からの合コン話を断って来た。
だが、生涯に一度だけ、どうしても断れずに行った合コンがあった。あれはもう何年前だったか。
会社の中で見る女性とは匂いも化粧の濃さも違う。そんな人の中でうまくもない酒とメシを腹に入れて、気分の悪くなった俺は店のトイレのそばに置かれているベンチで休憩していた。
「大丈夫ですか?」
突然にかけられた声に顔を上げると、店員とわかる男が心配そうというより、迷惑という顔でこちらを見ていた。
「あぁ、少し人酔いしただけなので……吐いたりしませんから大丈夫ですよ。」
そう言って目を閉じて壁に頭をつける。
薄く開いた目で男を見ると、そうですかと言ってフロアに戻って行った。
「正直なやつだな。」
ふっと笑いが込み上げてくくくと笑っていると、「どうぞ」と再び声がかかった。
「え?」と声をした方を見ると、先ほどの男がグラスに水を入れてハイと俺に向かって差し出している。
「あ、あぁ、どうも。」
そう言って受け取ると、自分も俺の隣に座って、はぁとため息をついた。
「何か?」
受け取った水を一口飲んで声をかける。
「あぁ、気にしないで下さい。あなたの看病がてら休憩しているだけなんで。できればゆっくりしてくれると、俺もその分休めるんで……」
「俺を口実にしたんだ……」
「いや、これでも心配はしていますよ?」
「俺が吐いたりしないかっていう心配だろう?」
俺の言葉にキョトンとした目でこちらを見るとゲラゲラと笑い出した。
「俺、そんなに顔に出てました?」
「多分、普通の人には分からないんじゃないかな?俺は……人よりも他人の感情が分かるみたいだから……」
「ふぅん?」
「ふっ。全然興味がないって顔してるよ。」
「え?!俺、こういうとこで仕事してるから、それなりに感情隠すの上手いはずなんだけど。」
「俺には分かるよ。でも、だからだろうな……人を好きになれないのは。」
ぼそっと呟いた言葉はBGMに消されて、男の耳には届いてはいないようだった。
「さてと、そろそろ戻って帰るかな?俺がいなくても十二分に盛り上がっているみたいだし。」
「俺の休憩もここまでか……」
「悪いね。それじゃあ。」
グラスを渡してベンチから立ちあがろうとする俺にどうもと一言声をかけて、俺の飲み掛けの水をごくりと飲んだ。
「え?!」
「何ですか?」
「君、今、俺の……」
「え?あ、無意識で……俺、いつもは人のなんか飲まないんだけどな。」
「あぁっと……気持ち悪くないのか?」
「んー……他の、友達のとかでもあまりやらないんだけど……気持ちは、悪くないです。うん。」
「そう……」
男が俺を見て焦ったように立ち上がった。
「あ、俺が飲むの見て気分悪くなったりしました?」
「いや、それは大丈夫。別に俺が飲んだわけじゃないし。」
「良かった。せっかく落ち着いたのに、今度は俺のせいで気分悪くなっちゃったら……」
「面倒臭いなって思った?」
「俺、そこまで非情な人間じゃないですよ?」
「ハハ、ごめん、ごめん。」
ぐっと伸びをして男を見上げる。
「君と喋るの、少し楽しかったよ。ありがとう。」
「また、来てくれます?」
「ここは男が一人で来るにはちょっと敷居が高いからね。多分、もう……」
「そっか……」
「休憩に付き合えなくてすまないね。」
「ははは、バレたか。」
背を向けてフロアに戻る俺とは逆方向に消える背中。ああやって初めて会った他人と喋れたのは初体験だったので、その日からしばらくは、少し体が高揚していたのを覚えている。
あれから何度か用事であの店の前を通ることはあったが、彼に会うことはなく、段々と顔も薄れて、いつしか心の奥に消え去っていた。
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