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EP.8

 海が火照った顔を冷ましながらぶつぶつと文句を言っているのが聞こえる。それを聞きながら、今日作ったものを自然乾燥させるために部屋の隅に移動させた。他の器具や材料は全て片付け、ボックスはベッドの上に。  元より細工に触れている時だけ手袋をしているから手は汚れていない。テーブルを拭き、コップとフォークは定位置にセット。他には何もすることはないからと海を待つ。  海は茹で上がったパスタをフライパンで具材と絡め、重さと格闘しながら皿に盛り付けていた。盛り付けに関しても、料理に関して一切のセンスがないからしないでと言われているから手を出せない。海が作るものはほぼ全てSNSに上げるから、味もそうだが見栄えも重視。ただ食べられればいいと思っていた泉帆は見栄えの重要さを海に懇切丁寧に説かれて納得した。  確かに、綺麗な方が食欲をそそる。目で見るだけでも食欲を刺激するというのは最高の料理だ。  皿に盛られたペペロンチーノは、海の分は泉帆の皿に盛られた量の半分ほど。食べ盛りの大学生ならもっと食べた方がいいと言ったのだが、それではスイーツが食べられなくなるから嫌だという話だった。  海は皿を置き、手早く写真に撮りアップする。ライティングなどに時間はかけない。ただサッと撮っただけの写真を上げるだけでも十分過ぎるほどに反応が来るから。  こういう人達は、折角盛り付け綺麗にしたって何を見てもいい写真だって言うんだよ。海は一度だけ少し寂しそうに話していたことがあった。  食事前に写真を撮っているのももう慣れた。2人分の料理が写ってしまうと炎上してしまう恐れがあるからと、泉帆の影すら入らないように。それでも撮影自体は1分と経たずに終わらせるため、料理が冷めることはない。  昼食の撮影も終わり漸く食べ始められるようになって、海は小指に嵌めたままの指輪に触れ黙り込んでしまった。 「嫌だった?」 「そうじゃないよ。シンプルなの欲しいなって思ってたし、他はネックレスもあんまりつけないし。たださっきのあれ、ちょっとやっぱり恥ずかしいなって」 「勘違いされたら困るってわかったろ?」 「くろちゃんはおれのこと好きにならないってわかるからしてるだけだよ」 「大人をからかったら怖いことに巻き込まれるかもそれないんだから、誰が相手でもするのはやめなさい。遊びの延長線上だってわからない人は沢山いるんだから」  ただ放課後勉強の話を聞きに行っていただけの教師から何ヶ月もストーキングされて怖かったのは自分だろう。そう諭せば海も理解してはくれたようだった。  悪い大人は何処にでもいる。警察官だからって安心できる訳じゃない。できるなら、自分のことだって信用して全てを曝け出すなんてしてほしくない。  実の親子でだって何があるかわからない時代なのだ、不用心に人を煽ってばかりなのは控えなければどんなことに巻き込まれるか。  確かに自分は海の言うとおり海を好きになんてならないと思う。でもこれからの自分が男性を、海を好きにならない確証は誰にだってできないから。くどいと思われるほど何度も言えば、海はでも、と泉帆と視線をじっと合わせてきた。 「くろちゃんは女の人しか好きじゃないって言ってたし、自認してることは疑わないよ。でも先生も既婚者だったのに奥さんと離婚してでもって言い出したから、今おれに近い人にはちゃんと確認してたいの。おれがアプローチかけても靡かない人じゃなくなったら、もうその時はバイバイする」 「……その確認に振り回されるこっちの身にもなってほしいんだけどな」 「おれは誰かと付き合うのは絶対にないよ。誰かの1番にはなりたくないから。それをわかってくれていれば、くろちゃんだってドキドキしなくて済むでしょ」 「海くん、自分の顔立ち理解してる?」 「最高に可愛いイケメンでしょ、知ってる」 「わかってるなら男女問わず思わせぶりな態度はとったら駄目。君が付き合いたくなくても言質をとったって言い張って強引に迫る相手だっている。これ以上は言わせないでくれ」  顔がいい人間は同性すら虜にする。  付き合うようなことはないと言われていても、どうしたってドキドキはしてしまうから。  海はわかっているのかいないのか、語気の強い泉帆の言葉の数々に少し不貞腐れたように小さく返事をした。

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