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EP.19

「わ、なに?」 「今日の夜にでも、親に結婚はしないって言ってくる」 「……なに、言ってんの?」 「俺がずっとそばにいるから、そんな男のことなんて忘れてほしい。海くんを誰かの代わりにするなんてことしないし、海くんだけをずっと一生愛したいから」 「……だから、おれは炎上したくないから付き合わないんだってば」 「この家の中だけなら隠し通せる。ストーカーが怖いならずっとうちにいていい。俺が何もかもから守ってやるから」  抱き締めながらの告白に、海は黙り込んでしまった。  困らせてしまっただろうか。それとも、喜んでくれたのだろうか。  海の顔を覗き込むと、そのどちらでもなかった。 「う、海く」 「おれは、くろちゃんとは付き合わない。何回も言わせないで」  海はぼたぼたと涙を流していた。困惑しながら名前を呼べば、海は泉帆を拒絶するように押し退けてくる。  どうして、疑問ばかりが浮かぶ。自分はただ、海を幸せにしたいだけなのに。 「なんで、俺は君のためを思って……!」 「おれのためなら、1番にしないでって言ってるじゃん! くろちゃんだってどうせ女の人と結婚するんだよ、だってくろちゃん議員さんの息子なんでしょ?  それなのに、おれに都合のいいことばっか言っても信じられるわけないじゃん。おれ、おれずっと、くろちゃんのこと利用してたのに。  くろちゃんがおれに本気になんてなるはずないよ。くろちゃんの方がずっと年上だし、おれくろちゃんよりずっとおっきいし、おれのこと愛してくれるなら初対面のおじさんでも股開くメンヘラだもん。ずっとおれのことだけ考えてほしいからってくろちゃんのことも縛りつけたいって思ってるのに、酷いことしか考えられないのにくろちゃんの1番になんてなれるわけない!」  自分を縛り付けた男と同じように、泉帆のことも縛り付けてしまいたいと思っているから。だから泉帆に1番に愛される資格はない。  言いたいことは幾らかは言えたからか、海は乱雑に涙を拭い立ち上がった。そしてそのまま部屋の端に向かい、自分の鞄を持ち荷物を詰め込み始める。 「海くん、待って」 「いや。何日も居座ってごめんね。もう暫く来ないから、おれのことが1番じゃなくなったらまた連絡して。おれも、何かあるまでは来ないから」 「家に帰るの?」 「おれはまだ若いから、足開けばおじさん達は服も泊まるところもすぐに用意してくれるんだよ」 「海くん、待て、それじゃ本当に……っ」 「お世話になりました。くろちゃん、頭冷やした方がいいよ。なんなら合コンでも行っておいでよ、くろちゃんなら絶対可愛い女の子お持ち帰りできるから」  ばいばい、と海は泉帆に捕まらないうちに玄関から出て行ってしまった。追いかけようとそちらに向かうと、からんと何かが玄関のポストの中に入れられる音がする。  中を開けてみると、そこには海に渡していた合鍵が入れられていた。  すぐに追いかけてしまおうと思ったのだが、合鍵を見て揺らいでしまった。海はもう、自分の足で此処に戻ってくることはないのかもしれない。この部屋で料理を作ってくれることだって、もうないのかも。  足を開けばなんて言葉に、そんなことをしたら本当に売春じゃないかと頭を抱える。  あんな話を聞いたからって、自分がと思わなければよかった。そんなこと無理だとわかっていても、行動に移してしまった自分に嫌悪が募る。  あれだけ、彼は1番が嫌だと言っていたじゃないか。それにトラウマを抱えているのだとも言われたばかり。慎重にいかなければいけなかったのに、衝動を抑えることはできなかった。  鍵を持ったまま、玄関から部屋に戻る。海の見ていた恋愛ドラマでも、あの俳優がヒロインを抱き締めていた。  馬鹿馬鹿しい。泉帆はテレビの電源を消し、干していたマットレスをベッドに戻してその上に座る。  自分が議員の息子だなんて、一言も教えたことはなかった。何故知っているのかがわからない。  今日掃除をした時に、何か見つけてしまったのだろうか。父からは時折手紙が届くから、それを見つけてしまったのかもしれない。  父は次期大臣とも言われている現職の国会議員だ。一度も不祥事に巻き込まれたことがなく、愛妻家で有名で、クリーンな政治家だとよく言われている。  確かに、今までも見合いの話は何度かあった。全て時間がないのと興味がないからと断りを入れてきていたが、30も近くなればその攻撃はますます激化するに決まっている。  本当に、結婚はしないと早めに言っておかなければいけない。  だが今日はもう動く気力がなくなってしまった。泉帆はベッドに横になり、夕方までは仮眠をとろうと目を閉じた。  頭を冷やして、海が1番じゃなくなったらなんて、そんなの一生かかっても無理に決まってる。

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