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EP.21
――海が我が家を飛び出してから、2週間が過ぎた。
もう8月にも入り、猛暑続き。流石にこんなにも暑い日が続いていれば海だって家に帰っているはずだ。大学ももう夏休みに入っているはずで、外を彷徨いているなんて熱中症の危険もある。
その日泉帆は実家に来ていた。結婚をしないという話は電話で一蹴されてしまっていたが、まだ何か用があるのか。
都内の高級住宅街にある、これまた豪華な屋敷。泉帆は無言で門を潜り、玄関の扉を開けた。
「お邪魔します」
勝手知ったるというような形で上がり込んだが、あくまでも此処は自分の家ではない。自分の家は海がまたやって来るのを待っているあの小さな部屋だ。
リビングに足を向けると、両親はそこにいた。上がり込んだ泉帆に対して驚く素振りも見せず、開口一番いつものように批判が始まる。
「遅い。これだからお前はいつまで経っても俺の後継ぎになれんのだ」
「約束より30分も早いし、跡継ぎにはならないって何度も言ってるだろ。俺は政治には興味ない」
「減らず口を叩くんじゃない。誰のおかげで今我儘を通せていると思っているんだ」
「……俺が望んでいないのに、勝手に口利きをしたのはそっちだろ?」
交番勤務も独身寮からの転出も、却下されればきちんと受け入れるつもりだった。ダメ元で頼んでみたものが全て通ったのは、この男が圧力をかけたからだ。
将来有望だった長男が女性関係でトラブルを起こしてからというもの、両親の期待は全て自分にのしかかった。馬鹿馬鹿しい。今更跡取り扱いされたところで絶対に戻りなんてしないのに。
2人の会話が途切れたところで、母もいらぬ心配をしてきた。
「最近食べてないんじゃないの、そんなに痩せこけて。顔色だって悪いわよ、やっぱりうちから通った方がいいんじゃない?」
「いらない。……最近は、色々あったんだよ」
海が来なくなって、海の手料理が食べられなくなって。何を食べても味を感じなくなりあっという間に食が細くなった。体力勝負でもある仕事だから日に日に弱り、顔色だって悪い。
それでも、海が来るかもしれないから、毎日交番に立ち続けていた。
「そう? ならいいんだけど……、そうだ。あなた結婚しないなんて言ってたでしょう。そんなふざけたこと言っていないで、新しく縁談持って来たんだから見てちょうだい」
釣書が入っているのだろう、大きい封筒を渡される。
見るわけがない。泉帆は手にすることなく首を振り、拒否した。
「もう、こういうことはしないでくれないかな。絶対に2人の決めた人とは結婚はしない」
「どうしてそんな我儘言うの」
「自分がこれから一緒に連れ添う相手くらい自分で決めさせてくれよ。好きな子ができたから、結婚なんて絶対にしない。その子とは結婚できないけど、だからって他となんてしない。話はそれだけ? もう帰るから」
「待ちなさい泉帆、その子の家柄とかあるでしょう。一度興信所で調べないと」
「あんたらに口出しされたくないって何度言ったらわかるんだよ。……父さんも、もう俺の望み通りにしようとなんてしなくていいから。じゃあ帰るね」
「待ちなさいって、泉帆!」
どうせこんなことだろうと思った。泉帆はゴシップ誌に目を通している父を横目に玄関へと戻る。母はしつこくついて来たが、それも無視して靴を履いた。
「あなたは黒丸の跡取りなのよ。何を考えているの。結婚できない相手なんてそんな、人妻じゃないでしょうね」
「違う。……男なんだよ、その子」
母からしてみれば、爆弾発言だろう。泉帆は言葉もなくしてしまった母のことは放置し外に出た。
言ってしまった。どうせ調べればすぐにわかることではあったから自分で言おうとは思っていたが、何の心の準備もしていない母からしたら衝撃だったはず。
海は今何処にいるだろう。迎えに行きたいけれど、そうすれば1番じゃなくなったんだねなんて言われてしまうかもしれない。嘘は吐けないから、詰られるのが怖くて迎えには行けない。
泉帆はひたすら海のことを考えながら最寄り駅まで電車に乗り、コンビニに立ち寄ってアイスを買った。早く溶ける前に帰ろう。幸いアパートは此処から徒歩5分ほどだ。
それにしても暑い。遠くに陽炎も見える。蜃気楼だって見えてしまいそうだ。
茹だりながらアパートの下につき、自宅の鍵をポケットから取り出しながら階段を上がる。
自宅の扉の前。そこに、見慣れた金髪の男が座り込んでいた。
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