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EP.40

 海はまだ学生で、今こうしてずっと家にいられるのは夏休みだから。忘れていたわけではなかったが、いつまでも家にいてほしいと願うあまり、海の口から家に帰ると告げられた時の泉帆のショックは大きかった。 「……うちからも通えるよね」  2人してベッドに横になり、背後から抱き締めた状態で泉帆がそう言えば海はからからと笑い出す。 「おうちに帰る時ご挨拶するって言ったの誰だっけー?」 「俺、だけど」 「いつまでもお泊まりするわけにはいかないでしょ、みずくんだって偶にはひとりになりたくない?」 「海くんとはずっと一緒がいい……」 「もー、絆されないんだからね!」  なんて言いながらも、体勢を変えて振り返った海の表情は緩んでいた。嬉しいのか、泉帆の額にキスをしてくる。  それでも泊まり続ける選択肢は海の中にはなかったようで、緩みきった笑みにほんの少しだけ弱ったような翳りが滲む。 「バイトしてないからもうお小遣いもないし、夏休み前からずーっと帰ってないから1回くらいは帰らないと。それに、此処から通ってることがファンにバレちゃったらみずくんと付き合ってることまで知られちゃうし」 「……そうだね」 「SNSはおれの居場所だから、みずくんと付き合い続けるためって言っても辞めたくはないしね。みずくんのことは好きだけど、みずくんは20万人のフォロワーの分までおれのこと見るなんてできないもんね」  最初は何も考えずに気軽に始めたSNS。予想以上のバズを飛ばし、今では海にとって何にも変えられない承認欲求を満たすツールになっている。  愛されたい欲求はどこまでいっても底なしで、今SNSを辞めてしまったら泉帆1人に愛されるだけじゃ足りず精神を蝕んでしまうかもしれない。 「……知らない人よりは君のこと愛してる自信はあるけど」 「おれが投稿したらハート1万個投げられる?」 「……それは難しいかな」 「じゃあだーめ。辞められないから、おれは明日おうちに帰ります。通い妻好きだからいいでしょ?」 「それ、まだ言うの?」 「好きなひとが好きなシチュエーションだもーん。女の人じゃないけどおれおっぱい大きいし、巨乳な大学生新妻ごっこもできるよ?」  海が来なかった間に買って試したDVDの内容を言われ、言葉に詰まる。  あれは海に似ている要素があるから買ってみて試しただけだ。ネットでの試聴では何を見ても碌に反応しなかったから試しにと。  もしかして、掃除の際に見たのだろうか。冷や汗が背中を伝う。 「それとも、毎日おうちに配達に来るえっちな宅配便のお兄さんごっこしに来たほうがいい?」 「海くん、それは誤解だから」 「おれとえっちする前に見てたやつだから、元々ああいうシチュが好きなんでしょ? おれがんばるね」 「だから違うんだって、海くん以外で勃たなくなったから試しただけで」 「んふふ、知ってるよー。本気にするみずくん可愛い」  揶揄われた。海に笑いながらキスをされ漸く気付く。泉帆は深く溜息を吐き、ぎゅうと海を抱き締めた。 「明日、俺の家で預かってたって挨拶に行きたいから連れて行って。親御さん、絶対に心配してるから」 「多分してないよー。連絡自体はとってるし、おれのお父さんフォロワーだし」 「俺がご挨拶したいんだよ」 「おれと結婚しますって?」 「……していいならするけど」 「うそうそ、しないで」  2人の関係は家族にすら言えないもの。海はまだ同性愛者であることをカミングアウトすらできていないから。  海は、抱き締めてくる泉帆の手をぎゅうと握った。 「みずくんは、早く結婚したい人?」 「……まあ、できることなら」 「通い妻と新妻はどっちが好き?」 「……新妻かな」 「じゃあ、プロポーズの前に言うことあると思うんだー?」 「え、何を?」  何を言うべきか、全く理解できない。何か特別なことでもあっただろうか。それとも、今の若い子の中で流行っている言葉だろうか。  泉帆が混乱していると、海はもう、とまた笑った。 「付き合ってください、っておれまだ改めて言われてないんだけどー?」 「…………忘れてた」  互いに好きだとわかって、こんなにも気持ちを通わせ肌を重ね合わせていたのに、告白することを忘れていた。一度告白をしたときは海に拒絶された。今は、なし崩しのようになってはいるものの告白自体はしていないから宙ぶらりんの状態だ。  でも、今ここで言うべきなのだろうかとも考えてしまう。指摘されたから言うなんて、不誠実ではないだろうか。  その葛藤を理解しているのか、海は今欲しいとは言わなかった。 「学校始まったら暫くお泊まりできないだろうから、その間にきゅんきゅんする告白考えといてね。思いつかなかったからってえっちでごまかすのはだめだよ?」 「……その間は、するのもだめ?」 「お預けはおれが我慢できないからしなーい。お付き合いしてないから、今はセフレってやつだ」 「……海くん」 「今は聞かないよ。大丈夫、焦らなくてもおれはもうみずくんしか見てないし、みずくん以外に触らせたりなんてしないから。みずくんの考えた、おれのことだけを思った言葉待ってるからね」  スプリットタンが泉帆の唇に這わされ、かぷりと食まれる。唾液すらも逃さないとばかりに貪るような激しいキスをして海は満足げに笑い続けていた。

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