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第3話

「…よし、これでそのうち引いてくるんじゃない?冷えピタ貼ってあげたトモにぃに何か言う事は〜?」  約束通り智君は自宅をスルーして隣の家に上がり込み、知り尽くしている棚の中から救急箱を取り出した。手際は悪いしシワは入るしと散々だったにもかかわらず、腕組みしてドヤ顔してコレだ。  どう見ても年上には見えない、可愛い人。 「ありがと、智にぃ」  だから少しだけ、優しくしてあげたくなる。成長するにつれ言わなくなった昔の呼び名で、欲しがる言葉を素直にあげたくなる。 「ヒロちゃんたら可愛いのに不器用だよね」 「可愛くはない。…ほんと、どうしたら上手くいくか教えてよ」  頭上に置かれた俺より少し骨張った手の温もりに、鼓動が早まるのを感じた。男相手に可愛いとか言うなよって、若干のむかつきを覚えながら。  昔からこうだ。智君と関わると他の友人には生まれない、言葉では言い表せない不思議な感情を抱く事がある。  それは例えばこんな風に触れられた時、例えば弟とか可愛いとか言われた時、例えば俺に向けるものとは違う姉への瞳、笑顔、仕草。なんて言いえばいいんだろう、こういうの。 「どうしたら、かぁ…。俺もよくわからないんだよね」 「わからないのに未来と上手くいってんじゃん」  未来というのは姉の名だ。いつも3人で一緒に遊んでいた。折角智君が来たのに外出中の、何かとタイミングの悪い奴。  シスコンって程でもないが、仲は悪くない。それなのにこういった話題で未来を出すのは少し勇気が要る。  何故かはわからない。智君とそういう話をする時だけ。 「昔からの付き合いだからじゃない?経験値で言えばヒロちゃんの方が上だし…」  智君は自身の頬を指差して意地悪な笑みを浮かべる。そりゃまともに恋愛しているなら、未来だって簡単には智君をぶったりしないさ。 「あとは、未来を愛してるから。 不思議だよね。一緒に育ったのはヒロちゃんも同じなのに…何かが特別なんだよ」 「何かが、ね…」  一緒に育ったのに、何か特別なものがあって、それは他のどんな友達や彼女にも生まれなかった感覚で。  ふと過ったのは、まさしく今も智君に抱いている、言い表しようのない感情だった。  ずっと傍に居たから俺にとってはそれが普通で、でも智君には未来が居て、並んで座る時にも俺は未来を挟んだ智君しか知らなくて。  智君の、未来だけに見せる頬を染めた笑顔が、大好きで…大嫌いだった。  ──ああ、そうか。そうだったのか。  俺はもう、ずっと昔から知っていたんだ。 「ヒロちゃんと会えるのもあと1か月くらいか…。進学か就職かは決めてる?」 「進学…かな」 「そう。…行きたい大学は決まった?」 「……いくつか絞ったよ」  1年も先の話なんかしないで欲しい。見ないように意識していた現実を真正面にぶつけられるのは、苦しくて呼吸がしづらくなる。  未来が家を出るのは寂しい。が、いつだって会える。だって血の繋がった姉だから。  でも智君は…?どうせ向こうでも持ち前の明るさで沢山友達を作って、俺なんか忘れて楽しく生きていくんだろ。  …なんだ、よく知っていたじゃないか。君が居なくては生きていけないと思えるだけの強い想いも。 「俺、ヒロちゃんも大好きなんだからね。進路とか悩んだらいつでも連絡くれたらいいから」 「……はは、」  その大好きは、未来へのそれとは別物だ。だからこんなに、痛くて辛い。素直に喜ぶ事が出来ない。  確かにこれは、すぐにでも離れたくなる。ここまで来てようやく過去の彼女たちが俺と別れる選択をした訳が理解出来た。特別になれないとは、なんて虚しいのだろう。なんてしんどいのだろう。 「あれ、ヒロちゃん泣いてる?……変な話しちゃったもんね。寂しいと思ってくれてんなら俺ちょっと嬉しい」 「下向いてただけ。…別に泣いてない」  都合の良い勘違いをしてくれた智君に、俺は何を伝えたら良い。何だったら伝えても許される。この気持ちをどう口にすれば、智君を困らせず送り出す事が出来るだろう。 「智君あのさ、俺…彼女は暫くはいいや。その代わり勉強頑張って、行きたい大学受かるから。だから心配しないでよ」  思えば、別の誰かと何でもない会話をしている最中も、智君だったらこう言ってくれるのに、こうしてくれるのにとそればかりだった。  未来を唯一嫌いになる瞬間は、智君が未来だけに見せる顔をした時だ。智君を唯一嫌いになる瞬間は、未来だけにその顔を見せた時だ。  初恋は、もっと甘酸っぱくて楽しいものだと思っていた。姉の彼氏だなんて、これはまた見事な外れくじを引いたらしい。お陰で次の恋を探す気力も失せてしまう。  せめて、あとひと月で離れ離れになる関係で良かったと思えるようになろう。多分この先も智君と未来を見ていたら、俺はいつ耐えられなくなるかわからない。この苦しみがいつまでも続くだけだ。  それくらい長い間、自分でも気づかないまま智君に惚れていた。  恋をしている。 「……あ、そうだ。俺も智にぃが大好きだよ」 「ふはっ。ありがとう、ヒロちゃんはいつまでも俺の大切な弟だよ」  最後にこの言葉だけでも、言えてよかった。  嬉しい。  冷たい。  切ない。  哀しい。  寂しい。  熱くて、震える。  後悔はないよ。ただ、ただ…息が詰まって、泣きそうだ。 fin.

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