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第3話

 仕事へ行くより早くに起きて、夜も浴びたシャワーを再度頭からぶっかける。間違っても皮膚を切ってしまわないよう慎重に生まれたてのヒゲを剃り、いつだって半乾きでコンセントを抜かれるドライヤーは初めて自分の仕事をやりきった。  以前通販サイトで購入したものの、なかなか着る機会に恵まれなかったレザージャケットをここぞとばかりに羽織ったところでようやく完成だ。  普段薄汚れた作業着を纏い、酷い時は不精髭まで生やしている情けない男……には到底見えない程度には、鏡に映る姿はそこそこキマって見えた。  俺はきゅうちゃんを知っているけれど、きゅうちゃんは俺を知らない。であれば、少しくらいは背伸びをしたところでバチは当たらないだろう。  人は見た目が9割と言われている。現在午前10時。約束は1時間後の11時だ。これから、きゅうちゃんの連絡先に俺がこの先も居続けられるかどうかが決まる。  決戦の日なのだ。  戦国武将の気持ちなど俺には到底わからないしわかりたくもないが、命を賭けた戦の開戦の日なんかはもしかしたらこんな気持ちだったのだろうか。彼らの時代にも確実に存在したであろう眩しい朝陽を、こんな気持ちで見上げたのだろうか。  母校へ向かう道のりでは、必要以上にコンビニに立ち寄り店員の反応を伺った。  大丈夫、変な顔はされていない。格好も、髪型も、おかしくはない…筈。  友達が少ない上に一人暮らしの俺では、パーソナルカラーはおろか今流行りのアイテムだってわからない。仕事を終えたその足で運良くショップに滑り込めた2日前、店内に響き渡るオールド・ラング・サインには気付かぬふりをして店員さんに縋ったお陰でレザージャケットによく合うトータルコーデを揃える事が出来た。  店を出る間際にこっそりエールを下さった店員さんの笑顔が、ほんの少しだけ、きゅうちゃんに会う心の準備の助けになった。  5年前にくぐり抜けた門の前へ到着し、あの頃と変わらない懐かしい校舎を眺める。  奥に聳え立つ体育館で、俺は初めて彼を知った。セロハンが貼られたボロいライトに照らされ、へなちょこな演奏を1本のギターと自らの放つ歌声だけで最高の音楽へと変えた彼を。  ポケットから取り出したスマホにイヤホンを繋ぎ、俺の好みばかりを集めたお気に入りリストを開く。  ヒップホップと洋楽が並ぶそこで、異彩を放つ邦ロックが1つ。再生すれば、まだ記憶に新しいメロディーはじっくりと脳内を巡った。  花壇の淵に腰かけ、あの日を呼び起こすように目を閉じる。  曲が終わり、ギターケースを背負って亜麻色の髪を靡かせながらこちらへ向かう青年が見えると、込み上げる熱は涙となって溢れた。 「…僕だって、気付いてくれてありがとう」 「きゅうちゃん…っ」  7年越しの初恋が今、始まる。 fin.

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