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第1話

 今、(あつし)の隣に、高校から大学までの七年間、片想いをしていた男ーー 大生(たいせい)がいる。  大生は都内でも大手の産業ロボットを生産している会社に就職したと聞いていた。敦の会社で新たにロボットを導入すると聞いていたが、まさか大生の会社だったとは。こんな辺鄙な田舎町の小さな会社で、大生の会社と関わりを持つとは夢にも思わなかった。  少し癖のある黒髪と目つきの悪さは相変わらずだったが、メタルフレームの眼鏡でそれをカバーしているように見える。  互いに十年という年を重ね、二十代の頃のような若々しさはないものの、大生は中年太りなど微塵も感じさせない、スマートな体つきだった。  そして、大生の左手の薬指にはシルバーの結婚指輪。それを見た瞬間、言いようのない気持ちが溢れてきた。  (結婚、したんだな)  三十路を過ぎて、結婚していてもおかしくはない。それでも敦の心臓は抉られたように酷く痛んだ。  大生とは高校のテニス部でダブルスを組んで以来、大学までの七年間、ダブルスのパートナーとして親友としてずっと隣にいた。大生を好きだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。やはり自分は、そっち側の人間なんだと気付かされた瞬間でもあった。  七年間、親友として隣にいる事を選んだ敦は、思いを伝えようとは思わなかった。  だが、その想いは七年目にして溢れた。  きっかけは大生の、 「結婚式のスピーチは敦、おまえに頼む」  そんな些細な一言がきっかけで、大生への想いにとうとう心が耐えきれなくなってしまった。  大生が結婚する姿など見たくはない。そんな未来を想像し耐えきれず、大学を卒業したら大生とは縁を切る事を決めた。  何も知らない大生は、卒業記念にシングルスの試合をしようと言ってきた。負けた方が勝った方の言う事を一つ聞く、そんな賭けを提案してきた。  大学でタバコを覚えてしまった大生はスタミナ不足が敗因となり、ミスを連発してあっさりと敦が勝利した。 『一つ何でも言うこと聞いてやるよ』  悔しそうに言う大生に敦は、 『じゃあ、目瞑って』  大人しく目を瞑る大生に敦は更に、マフラータオルで目隠しをした。 『何これ、怖いんだけど』  大生が口を閉じ、じっと立っている。敦は大生に顔を近付けると、形の良い大生の唇に自分の唇を重ねた。そして唇を耳元に寄せると、 『ずっと、好きだった。七年間、ずっと大生が好きだった。今までありがとう。サヨナラ』  敦はそう大生に告げ、逃げるようにその場を去った。  なのに、再会してしまったーー  再会した夜、大生の会社との親睦会が開かれ今に至る。 「なんで黙っていなくなったんだよ」  あんな事があったのに、大生は忘れてしまったかのように無邪気に話しかけてくる。 「俺は敦とはずっと一緒にいるもんだと思ってたから、ショックだったよ」  上手く言葉が出てこない。誤魔化すように思いついた言葉は、 「いつ結婚したんだ?」  そう尋ねると、大生はその質問に少し驚いているように見えた。 「あー、五年前?」 「相手は? どんな人?」 「飲み会で知り合った二つ上の人」 「年上か。おまえには合ってるかもな。子供はいるのか?」 「いや、子供はいない」  大生はそう気まずそうに言った。  子供の話しは少し突っ込み過ぎたかもしれない。それでも会話を止めたくはなかった。平静を装う為にも敦は矢継ぎに質問した。 「敦こそ結婚は?」 「俺は……」  少し間を置くと、 「来年に予定してる」  そう言って大生を見ると、 「そっか、おめでとう」  寂し気な笑みを浮かべていた。  敦には三年付き合っている彼女がいた。同じ会社の事務をしている三つ下の女性だ。彼女が三十を前にし、結婚を仄めかしてきて、敦自身も潮時かもしれないと思ったのだ。 『この後、二人で飲まないか?』  飲み会が終わると大生に誘われた。やんわり断ったが半ば強引に押し切られてしまった。  大学を卒業し、大生を忘れるのに十年かかった。  時が解決してくれるーーその言葉通り、少しずつ大生への想いを断ち切れそうだった。現在の彼女の存在も有り、やっと前に進めてた気がしていた。それなのに、このタイミングでの再会。  忘れていた感情が再び出ないように、敦は必死にその感情を抑え込んだ。  結局、宅飲みをする事になり、コンビニで酒を買い足し敦のアパートに向かった。  最初は他愛もない話に花を咲かせていたが、酔いも回り始めた頃、大生がとうとうあの日の事を口にした。 「おまえ、俺を好きだって言ったよな?」  そう真剣な眼差しを向けられては、敦も逃げる事はできない。 「あんな冗談、ずっと信じてたのか?」  気持ちを誤魔化すように、敦は缶ビールを一気に飲み干した。 「冗談? あれが冗談だったって言うのか? じゃあ、なんで黙っていなくなった? だったら、冗談だったってあの場で笑い飛ばせば良かったろ?」 「……」 「好きだったんだろ?! 好きだったって言えよ!」  大生に腕を掴まれ、その力に思わず顔を歪めた。 「痛いよ、大生」  大生はハッとし、慌てて手を離した。 「言ってどうなにかなってたのか? 男の俺を好きになったか?」 「なったかもしれないだろ!?」  無責任なそのセリフにどうせ過去の事だと、開き直ったように、 「好きだったよ……ずっと」  そう告げた。 「好きだったけど、俺は大生の親友である事を選んだ」  大生は敦のその言葉に、頭を抱え大きく溜息を吐いた。 「もう……過去の事だ、忘れろ。今は気持ちはないから、安心してくれ」  そう言うと、大生は敦を押し倒してきた。 「終わってなんてない……終わりになんてしねえぞ」  大生は、怒りと悲しみが入り混じった表情を浮かべていた。 「何言ってんだ! もう、十年も前の事だ! おまえは結婚してて、俺も結婚するんだ。この話しに何の意味があるんだ! ただの思い出話だろ!」  本当にそうだろうか。自分で言葉を発していて疑問に思う。大生は結婚していて自分には婚約者がいる。思い出話にするしかないのだ。  大生は敦に馬乗りになったまま、敦に覆い被さると敦の首筋に顔を埋めた。 「俺……あの頃、敦が女だったらいいのに、ってずっと思ってた」 「俺は男だよ」 「分かってる……あの後、色々考えて、おまえが男でもいいって思ったんだ」 「え……?」 「俺も好きだって言いに、敦の家に行ったんだよ」  大生も俺を好きだったーー?  信じられなかった。もしそれが本当なら十年前、無理矢理にも大生を忘れようとした自分は何だったのだ。 「でも、敦のおふくろさんに、連絡先は教えないよう口止めされてるからって、言われちまって……誰も連絡先知らないし、どうする事もできなかった。当たり前にずっと隣にいた敦がいなくなったこの十年、俺の心にはポッカリ穴が空いちまったよ」  大生はそこでやっと敦から体から降りると、タバコに火を点けた。 「結婚しても、ずっとどこかで敦が忘れられなかった」 「なんで……今、そんな話し……するんだよ!」  敦は無意識に大生の肩を思いっきり叩いていた。  (せっかく、忘れかけてたのに! 今、そんな話しをしたところで、どうする事もできないだろう……!)  十年前、自分と大生は両思いだった。自分が大生から逃げなければ、苦しい十年間を過ごす事がなかったのだろうか。大生と幸せな日々を過ごせていたのだろうか。 「次、いつ会えるか分からないだろ! もし会えたら、言おうって決めてたんだ」  そんな事を今更言われても、敦の頭は混乱するだけだった。敦は考える事を拒否してしまった。 「大生……もう、今日は寝よう。お互い明日も仕事だ」 「そう、だな」  こんな夜中に大生をビジネスホテルに帰す事もできず、結局泊める事にした。布団は一組しかなかった為、シングルベッドに大の男が二人、寝るハメになった。  大生は敦を抱き枕のように後ろから抱きしめたまま眠った。そんな状態で敦は寝れるわけがない、と思うも、大生の人肌が心地良く、すぐ眠りに落ちていった。

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