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「ずっと初恋」前編
オレが雅也 を知ったのは、中学の入学式の翌朝だった。
本格的に学校生活が始まるその日。少し緊張しながら、学校に向かって歩いていたら、脇道から自転車が飛び出してきた。
「うわ……!」
咄嗟に避けたけど、バランスを崩して転んだ。何と、相手は謝りもせずに走り去ってしまった。一瞬のあんまりな出来事に呆然として、立ち上がれずに地面にへたり込んだまま、その後ろ姿を見送っていると。
「大丈夫か?」
駆け寄ってきてくれた誰かが、膝をついて、オレの腕に触れた。
「あ。う、ん――――……」
は、と気を取り戻して、気づいたのは、目の前の相手が同じ中学の制服だって事。咄嗟に顔を見上げたら。
びっくりする位、整った顔に、思わず色んな痛みも忘れて見惚れてしまった。
「何だよあれ、ひでえな――――……大丈夫か? 怪我してない?」
そんな風に言いながら、オレを立ち上がらせてくれる。
ありがと、と言うと。
「オレ、お前と同じクラスだよ、昨日お前の事見た」
そう言われて、同じクラスという事に、内心、何だかすごく嬉しくなりながら。
「そうだった? ごめんオレ、全然人を覚えられてない。緊張してて……」
そう言ったら、「オレ、橋本 雅也 だよ」と、笑顔で名乗ってくれた。
「オレ、小宮 透 」
「透ね。オレは雅也って呼んで? よろしくな」
「うん」
初めて会ったその時から、優しい笑顔が、好きだなって、思った。
中一と中三が同じクラス。
カッコよくて、明るくて優しくて、バスケが得意で。
とくれば、当然人気者で。
さすがにクラスが違った中二の時は少しは離れていたけど、でも、何故かオレと絡んでくれて。一緒に居る時間をくれて。
毎日毎日、好きだと思ってた。
もしかして、雅也がオレの初恋なのかな、なんて、何度か頭をよぎったけれど。
でも、これは友達の大好きに違いないと。
そう思い込もうと頑張って、三年間を過ごした。
高校は、たまたま一緒だった。成績が同じ位で、家から近い高校だったからだと思う。
運良くずっと同じクラスで三年目。もう腐れ縁だねと、周りには言われる。
雅也は変わらず、側に居てくれた。
大好きで。いつも一緒に居れて、嬉しかったけど。
いつからか、雅也がモテるのを見るのが辛くなってきて。
こんなの。
……もう友達の好きじゃないのかもしれない。
そう思って、さりげなく離れて、別の友達と過ごそうかなと思うんだけど、雅也が寄ってきて、その笑顔を見ると、やっぱり嬉しくて、好きで。
結局、ずっと、一緒に居た。
まわりは、皆、思ってる。
オレ達は、親友だって。
超人気者の雅也と、特に普通だけど、雅也に気に入られてるオレは、親友同士だって。
お前らって、いつも一緒だよなと、よくそう言われる。
七月に、担任との三者面談がある。一応今の時点での第一志望を伝える事になっていて、さっき、その志望校を書く紙が配られた。
「透」
二十分の中休みになってすぐ、雅也がオレの机の前の席に、オレの方を向いて座った。
「お前の志望、どこ?」
「――――……何で?」
「一緒に行きたいから」
咄嗟に思ったのは、何で? て事と。……嫌だって事。
大学まで一緒になったら。
オレの全部が……雅也だけになっちゃう。
「教えない……」
「何でだよ?」
雅也が、ちょっとムッとする。
「受からないかもしれないし。まだ願望だから。恥ずかしいし」
「そんなの今の段階なら皆そうだろ。どこ考えてるのか、言って?」
「やだ」
「……何なの、お前」
ぶに、と頬を摘ままれて、横に伸ばされる。
それを見ていた隣の女子達が、「ほんと仲いいね」と笑う。
「雅也ー!」
教室の出入り口の所で、クラスメートが雅也を呼んだ。
「なに?」
「ちょっと来てってー」
何となく雅也と一緒に、そっちを見ると、女子が三人位。
ああ。また、呼び出しか。
雅也は、オレに、「後で教えろよ」と言いながら、ため息と共に立ち上がった。
女子三人から告白ってのは無いだろうから……またあれかな、別の誰かが一人、どっか人気のない所で待ってて、そこに連れていかれてってパターンかな……。
オレから離れて行く、雅也の後ろ姿を見ながら、過去の色んな呼び出しが浮かぶ。
「また呼ばれてったのかー、雅也」
クラスメート達が、わらわらと寄って来る。
「ほんとあいつ、モテるなー」
「モテんのに結局フリーのままだからな。皆、あわよくばってなるんじゃねえの?」
「彼女作ればいいのに。もったいなー」
今までも何度も聞いた同じようなセリフ。
そうなんだよね。
……彼女でもできてくれたら。
オレだってさ。
その事実に打ちのめされながら、少しずつ、諦めて行けると思うのにさ。
十分後。
呼び出された雅也が教室に戻ってきた。
「おかえりー」
「やっぱ、また告白?」
「なんでお前ばっか……」
周りのクラスメート達が、口々に、雅也をからかう。
――――……背が高くて、めちゃくちゃ顔整ってるし。
声も、すごく聞き心地良いし。バスケもうまいって有名だし。
モテるのに硬派で、誰にでも平等に優しいっていうのが、よりカッコよく映るらしい。
……モテないはず、無いよね。
「また断ったのかー?」
「……そうしようとしたら、少し考えてほしいって言われて、受け入れてくれなかったから、そのまま保留にされた……」
雅也は興味なさそうに答えて、オレの隣の席から椅子を取ってきて、オレの真横に腰かけた。
「んだよ保留って?」
「……断るつもりだったのに、一週間考えてくださいだって」
「おお。新たなやり方だな。すぐ断られたくなかったのかな」
「……でも、断るけどな」
雅也の言葉に、皆が、おいおーい、と突っ込んでる。
……その言葉にホッとするような。
……でもやっぱり、付き合ってくれて。目の前でイチャイチャでも、してくれたら。
オレのこんな長い、拗らせたこの想いも。砕けて散って無くなってくれるかも、しれないのに。
そんな風にも、思ってしまう。
「なんでお前って、OKしねーの?」
「別に……つーか、全然知らない子、何でOKすんの」
雅也の声に、周囲はため息。
「別に、付き合ってから知り合って、それで決めたっていいじゃん」
「女の子たち、チャンスも貰えなくて、可哀想じゃん」
「……付き合うのOKしたら、何すんだよ」
雅也の言葉。
「そりゃ、デートしたり……夜とか長電話しちゃったりさー」
「映画見に行ったり……あとは、そりゃー付き合ったら、なあ~?」
「やる事やれるじゃんかー、絶対付き合っちまった方が良くねえ?」
皆が、雅也にそう勧めてる。
「……ふーん……」
しばらく考えた雅也は。
「今はいーや……好きでもない子と、それする意味が、分かんねえ」
と、呟いた。
周りで騒いでいた皆は、数秒黙って。
「なんかお前、かっけーな……」
「その余裕に女は惚れるのかー?」
「オレもそういう事言ってみようかなー、モテるかな」
「いやいや、元がモテてないと、言えねーセリフだろ」
なんて、皆好きな事言って、笑ってる。
それには答えず、ふ、と雅也がオレを見て。
「あ。オレ、飲み物買いに行きたいんだった。あと五分かー。なあ、透、下の自販機付き合って」
「……ん」
雅也と二人、ガタン、と立ち上がる。
腕を掴まれて軽く引かれながら、教室を出た。
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