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「ずっと初恋」後編
廊下を急ぎ足で歩きながら。
「……なあ、透も、オレが誰かと付き合ってみた方が良いと思う?」
「――――……さあ……雅也が決める事だし」
そう言うと、雅也は、クス、と笑ってオレを見下ろす。
「まあさ。付き合ってみて、知り合って、好きだと思えるか決めればいいっていう、皆の言ってる事も分かるんだけどさ」
「――――……」
ああ。分かるんだ。
……じゃあその内、それして、誰かと、そうなって。
――――……やっぱり、いずれ、そうなるよなぁ……。
「でもさ、透」
「……うん?」
「……付き合ったらするって、皆が言ってた事ってさあ」
「うん……?」
「オレがずっと、お前としてる事だと思わねえ?」
「――――……」
……ん?
――――……今、何て。
「夜電話してたり、映画見に行ったり、出かけたり。中学からずーっと、お前としてる事じゃねえ?」
「……そ、れって……だって、友達だし……」
「――――……」
じっと、雅也に見つめられる。
動揺を悟られないように、必死に、平静を保とうと、する。
「……オレと、しない事、するだろ。付き合ったら……」
女の子となら。
キスしたり。――――……色んな事、するだろ。
そう言ったら、雅也は、クスッと笑った。
「……そっか。そーだよな……」
「――――……うん。そう、だよ」
そうだよ。
――――……そう言ってると、急速に、体の中が冷えていく。
雅也が。
誰かとキスしたり。
そういう事する映像。
浮かびかかると、切なさに、胸が、苦しくなる。
ああ、どうしよう。
――――……もう、なんか。ほんとに、どうしよう……。
自販機に着いて、雅也がお茶を買って、オレを振り返る。
「透のも買う?」
「ううん。いい」
「じゃ、一口飲んでいいよ」
蓋を開けたペットボトルを、オレに渡してくれる。
「……口、つけていい?」
「今更じゃね?」
雅也がクスクス笑う。
……そうだ。今更だ。
――――……平気で、こんなような事、たくさんしてきた。
意識すればするほどに、出来なくなってきたのは、オレだけ。
一口、飲んで。ありがと、と返す。
雅也は、ん、と受け取って、そのまま普通に、口をつけて、飲んだ。
間接キスなんて。こんな事に。
勝手にドキドキして。
ごめん、雅也。
オレ、最低。
――――……自己嫌悪に、俯いていたら。
雅也の手が、オレの頭に、乗っかった。
「?」
顔を上げると。
至近距離の雅也が、オレの頭をそのまま、わしゃわしゃと撫でて。
「なに……?」
「――――……そういう事をするのが、付き合ってるって事なら、さ」
「――――……うん?」
雅也は、ふ、と柔らかく目を細めた。
「まだ。お前と、してないもんな」
うん、そう、しないよ、と言いかけて。
ん? と固まる。
「まだ、付き合ってるとは、言えないよな……」
繰り返される、まだ、という言葉。
――――……まだ?
まだって。
……何?
固まってると。雅也は、オレの肩に手を回して、ぎゅ、と抱き寄せた。
こんなのも。
別に。
友達として、やる事、だけど。
「――――……チャイム鳴るから行こ、透」
何、今の。
二人で、教室まで歩きながら、ドッドッと早い胸の音に、何も考えられないでいたら。
「――――……そろそろ、叶えてもいいと思うんだけど……」
「……なに、を?」
「オレ達の、初恋。お互い、もう六年目だろ」
オレの肩を抱いてる雅也の言葉に、咄嗟にその顔を見上げると。
見た事ないような。照れたみたいな顔で、ふ、と笑って。
「だから、まず、大学、教えて」
「――――……」
「志望がもしどうしても合わなかったらしょうがないけど。どっちにしても、一緒に暮らそ?」
「……雅也……?」
「……考えといて」
抱かれていた肩を離されて、ぽんぽん、と叩かれる。
教室の前に着いた。ちょうどチャイムが鳴る。
すごい事を言ったのに。
なんでもないように笑って見せて、雅也はオレから離れて、教室に入ろうとしてる。オレは離れようとしたその手を、咄嗟に掴んだ。
「――――……ん?」
振り返った雅也がクスッと笑って、少しドアの前からずれた所で向かい合う。他の皆は教室に入っていて、廊下には誰も居ない。先生が来るまでの、僅かな時間。
「……六年……って……本気?」
「ああ。めちゃくちゃ本気」
オレが、何か言いかけて、口を開いた瞬間。
走ってきた女子の数人が目の前のドアに駆け込んでいく。
言葉は、飲み込まれて、消えてしまった。
すると、雅也はふ、と微笑んだ。
「後で聞く。一緒に帰ろ」
「――――……うん」
また、くしゃ、と髪を撫でられる。
胸が。ドキドキして。痛い。
でも――――……。
痛いけど。
苦しく、ないかも、しれない。
雅也の、さっきの笑顔が焼き付いて。
もうこんなの。
初恋じゃないなんて、言えない。
-Fin-
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