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第1話
都市の整備。交通網の発達。自立思考型ロボットの開発。
ここ数十年の間に、私たちの国では様々な科学技術が確立し、人々の暮らしはより豊かになった。
それでも、変わらない原則がひとつある。
それは、恋をしたら、私たちは死んでしまうということだ。
川沿いの遊歩道は、この辺りでは有名な早朝の散歩コースとなっているらしい。晴れやかな空から降り注ぐ光が、水面のキラキラと輝かせていた。そんな景色を見ながら、ロボット犬を連れた貴婦人が目を細める。その横を走り抜けた男性は、トレーニングサポートウォッチに、今日の消費カロリーを尋ねていた。
この道を行く人は、どこまでも穏やかで、朗らかに見えた。例え、胸の内にどんな想いを隠していようとも。
「いい朝だなー」
目の前を歩く足取り軽やかな青年も、彼に仕える付き人の私も、その例外ではないだろう。
初めて出会った頃から、私の主人はどうしようもないクソガキだった。
もともと、彼の父親は起業家で、たった一代で巨額の富を築き上げた類まれなる人物だ。その分多忙で、奥さんは知らない内に男を作り、家を出ていったために離婚した。残された一人息子は、父親に甘やかされ、その歳で手にするべきではない額の小遣いを渡され、私と出会う頃には、いけ好かないクソガキへと育っていた。
家事全般など、自分では何もできないし、しようともしない。その代わり、金をちらつかせることで人にやらせようとする。たかってくる奴は何人もいるが友人は一人もいないという有様で、ちょうどその時誘拐未遂事件が起こったということもあり、護衛にと私は彼の付き人になった。
それは、彼の父親が私の施設に多額の出資をしていたからという、ただそれだけの縁だった。
それから、私はずっと彼の隣にいた。
甘やかせと要求してくる彼を、せめて小学校の宿題くらい一人でできるようになってからにしろと冷ややかに受け流し、金をちらつかせた時は、奪われるか利用されて捨てられるのがオチですと辛辣な警告をした。
元来、彼はお調子者ではあったようだが、典型的なクソガキに育ってしまったのは、周囲の環境ゆえだったのだろう。
そう気づいたのは、彼のわがままを受け流し続ける生活に慣れて少し経ってからのこと。
彼の方も、自分に淡々と接し続ける自分が、周りの人間と根本的に違うことに気づいたのだろう。この付き人は、お金を見せても顔色が変わらない。ただ父親に命令されたから、そう設定されたから、自分の付き人になったのだと。
態度が変わらない私に安心したのか、少年はこっそり、「本当は毎日ひとりで寝るのが怖い」と打ち明けて来た。それからは、毎日添い寝をするようになった。
――普段から冷たいことばっかり言うのに、お前、意外とあったかいんだな。
寝る前、思い出したかのように、彼は度々そう言った。
私が仕える少年は、本当はただのお調子者で寂しがり屋なだけ。そして、その気持ちをどうすればいいのか分からず持て余し、生意気な態度をとっていただけだったのだ。
少年が青年になった時も、打ち明け話をする相手という私の立場は揺らがなかった。
――俺、ゲイなんだと思う。男しか好きになれないんだ。
世界の大多数から外れると認めるのが怖い。父に何と言われるのか分からない。そう泣きながら打ち明けられた時は、彼が泣き止むまでずっと胸を貸していた。
一人だけ、どう足掻いても裏切らない絶対的な味方がいると知った彼は、調子に乗ってすぐ眠ってしまった。
少年は青年になっても、ずっと私にべったりだった。彼の父は、そうなることを見越していたのだろうか。例えそうだったとしても、まさか付き人が息子を見る目がだんだんと変わっていくことまでは、予想していなかったはずだ。
しかし、今、私が彼にどんな感情を抱いていようと、もう関係ない。彼は今後、今のように自分が四六時中付いていなくても大丈夫だ。付き人は必要かもしれないが、添い寝係はもうお役御免だろう。
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