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第8話

「気をつけろよ。親切な人間ばっかじゃねえぞ」 「……」 心が変になった。 動揺した。どうして? 志野から離れて辺りを見回してもおかしなところはなにもない。 いつもと変わらない。 「肇?」 「っ、……あぁ、ごめん。なんかぼーっとしちゃってた。なにー?」 「……」 一瞬、志野が驚いたような顔をした。 気を取り直して咳払いをしたが、胸のあたりに感じる奇妙な熱は消えない。 怖い。 どうしておれは、いま焦っているんだろう。 「いらっしゃいませ」 「うわぁ、こんな感じで並んでんだ」 「おい肇、会計する前に入っていくな」 「え? 先払いなん?」 ホテルのレストランにくるのは数年ぶりだ。 それも初めてのビュッフェ。 気を抜けばよだれが出そうなほどいい香りが鼻腔をつく。 「席は取ってある。行くぞ」 「8,000円もするんだなー、ビュッフェって」 「2人分でな」 「ねえ、志野の前の仕事なに?」 「ホスト」 「???? ふざけて言ってる?」 「逆にどう返してほしいんだ」 「だってホストって……志野、どっちかって言ったらヤクザじゃん。見た目。顔かっこいいけど」 「……俺が仮にヤクザだったならお前に近づくわけないだろ」 「なんで?」 「裏社会ってのは堅気の人間が関わっていいような生ぬるい世界じゃない。薬も密売もしてない純粋無垢で世間知らずなお前を危険にさらしてまで助ける気はねえ」 「……」 志野の一言一言から、なぜだか人のよさが溢れだしている。 おれを最初から安全に助ける気で拾った。 まるでそう告白している。 「ふ……まぁいいよ。志野が飽きるまでおれが相手してあげる」 「盆はここだ」 人の良心はおそらく長くは続かない。 おれの命をつなぐ糸の寿命は、志野がおれに飽きるまでの心次第で変わる。 じきに、この生活も終わるだろう。 期待はしていない。 人間はそれほど弱い生きものなんだ。 「肇の親だった人間は、いまどこにいるんだ」 「ん〜わからないなぁ。20歳になったとき口で縁を切るって言っただけだし、向こうも反対はしなかった。だから生きてるのか死んでるのかも全然知らないー」 「家はどうしてた」 「公園とかネカフェとか、あと体売ってたやつの家で寝てた。おれが素直にしてればみんな居場所くれるからさ〜。あれ便利なんだよね」 「……」 「つーか志野がホストとか想像できなすぎておもしろ。実はよくしゃべる人?」 「しゃべんなくてもホストにはなれる。お前もホストに向いてそうだけどな」 「はは、でしょ? コミュ力にはめちゃめちゃ自信あるんだよね〜。おれの顔好きなやつ多いし」 「自虐にしか聞こえねえ」 「いや、なんでだよ」 なにを考えてるのかわからないやつ。 それがおれの異名かのように、口々に言われてきた。 感情を抑えるのは得意だし、人見知りもしない。 ホストになっていたらそれこそモテモテの人生だったかもしれない。 でもおれには複雑な性趣向がある。 両性愛者__いわゆるバイのおれは、どういうわけか女を抱くより男に抱かれる方がしょうに合っていた。 街をふらついていれば声をかけてくる女は多いのに、あまり乗り気じゃないときは用事があるからと男の元へ行く。 男は乱暴でおれの手足を拘束してやりたい放題だ。 でもそれが快感になってしまった自分もいて、志野にはそれが理解できないらしい。 顔が好きだと言われても、いまさら嬉しくもない。

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