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第9話
「杏仁豆腐じゃーん、これも食べ放題なの最高っ」
「待て肇、それは皿に乗せなくていい。こっちに器がある」
「えへ、どーも。あ、プリンもあるし!」
「先に飯を食えよ」
呆れてる志野の顔もおれ好みの男前だ。
元ホストというだけあって、寛容的で相手を乗せるのが上手いようだ。
「おれ、志野の顔好き」
「誰にでも言ってんだろ」
「まさか。本心では初めて言ったよ」
「あんま他人の恨み買うなよ。刺されんぞ」
「興味ないんだから仕方ない。相手に惚れたことなんて一度もなかったしね」
「あーそう」
25にして、人に惚れるという感覚がわからない。
その人がほしくてたまらない、ずっとそばにいたい、そう思える感覚はどんなものだろう。
「____……もう飲めない」
志野との食事をしながら酒を嗜んでいたおれだったが、ウィスキーを少し口にしただけで意識がふわふわと浮いてきた。
度数の強い酒を飲んだことがないというのに、昼間からなぜか手を出してしまったのが運の尽きだ。
「肇」
「ん〜……?」
「何本に見える」
「……よんじゅう」
「それは病気だ。お前、酒が飲めるって口ぶりだった割に弱すぎじゃねーか。1杯できついなら酒に弱いって言うんだ」
「あれれぇ、おかしーなぁ……」
「自分で食えるか?」
「うん……うぅ、目がまわる」
「……はぁ。ちょっと待ってろ」
志野は席を立つと、おれの隣に座ってきた。
腰を抱きよせられて熱を感じたが、抵抗する気はなかった。
「口開けろ」
スプーンに乗った小切りのステーキが口のなかに入ってとろけていく。
おいしい。
「なんで俺は自分より若いやつの介護してんだ」
「ふはは、お世話さんだぁ……」
「こんなとこで寝るなよ?」
「……」
「おい肇っ」
「あっははは! 志野ってほんと心配性だなぁ」
「お前が危なっかしいことしかしないからだろ。こっちの身にもなれ」
「ごめんごめん。でも頭ふわふわするからウィスキーはもういらない」
志野の肩に寄りかかっていると、なぜだか心が落ちついていく。
優しさに包まれているようで気味が悪いのに、心地いい。
いつ飽きられてしまうかわからない。
この時間が続いてくれるかもしれないと思うのは、単なる幻想なのか。
食事を終えた頃には酔いが回って足どりの悪いおれを気遣ってか、そうそうに帰宅した。
肩にくっついて離れないおれに志野は不満げだ。
「志野〜……あつい」
「……」
「ねえ志……うわっ」
瞬間、体が宙に浮き志野の顔が目と鼻の先になる。
「……志野?」
返答はなく、無言で歩き始める志野。
そしておれが降ろされたのは、キングサイズのベッドだった。
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