11 / 36

第11話

志野が欲求不満なときにおれの体を差し出すようにはなったが、そこに愛があるかといえばノーだろう。 見ず知らずの男に声をかけるクセは治らない。 志野はなにも言わないしおれもそれがルーティンだった。 だが、どういうわけかおれは、その日を境に志野以外の人間とキスをしなくなった。 「んっ……志野、あっ、んぅ」 「締めつけんなよ……肇」 「あぁんッ、ちょと……うぁ、あ」 志野のモノがおれの中にいる。 興奮状態に陥っているおれはただこの時間が続けばいいのにと、快感に溺れることしかできない。 何度も何度も奥を突かれ、正常な思考が保てなくなっていく。 大きく腰がふるえると同時に、おれは2度目の射精をした。 「はッ、あぁっ……きもち、ぃ……しの」 涙が頬をつたった。 元ホストというだけあって志野はセックスが上手い。 男の性感帯を理解していること自体ふしぎだが、絶妙にいいところに触れてくる。 いままでしてきた誰とのセックスよりも上手くておれ好みだ。 「……ずっと泣いてんな」 「うぅぅ……腰が痛い」 「お前、本当はセックス嫌いだろ」 「っ、なんでそう思うわけ? よすぎて泣いてるだけじゃん」 「誰にも踏み込まれたくない領域でもあんの。嬉し涙には見えねえけど」 「ッ……」 「怖いんじゃねえの。誰かに見捨てられんのが」 「違う……そうじゃない」 「寝るのは嫌いでも見捨てられる方がもっと怖い。だからお前は興味もない人間に色目を使う。独りにされるよりずっとマシだもんな」 「違うッ!」 そうじゃない。 違う。 おれはそんな弱い人間じゃない。 …………本当に? 「おれ、は」 弱くない……? セックスが嫌い? おれが? 「言えよ、ひとりは怖いって。なにを隠す必要が」 「お前にはわからないッ!!!」 おれは気が動転していた。 気がつけば、デスクに置いてあるカッターナイフに手を伸ばしていた。 「おい肇!」 「ひとりなんて怖くもなんともねえよ!!」 ナイフの刃を首筋に当てた瞬間、志野に腕をつかまれ壁に強く打ちつけられる。 カラン、と床に落ちる音がしたと同時に、おれの腕に血がたれた。 「っ……え、ぁ、志野……」 志野の頬に大きな傷ができている。 紅色の液体が頬をつたい、こぼれていく。 志野を傷つけてしまった。 おれのせいで。 「志野っ……ごめ、おれのせい、でっ」 「バカ野郎!」 「っ」 「お前が一番傷つけてんのはお前自身だろうが! 俺に謝んじゃねえッ」 「……っ」 「言っただろ、自傷はすんなって。俺はお前がそれをやめられるならいくらでも盾になってやる。こんなのはかすり傷だ」 「し、の……」 涙があふれて止まらなくなった。 おれは自分のことを守るのに必死なのに、志野はそんなおれを守ろうとする。 バカみたいだ。 おれも、弱い人間なのに。 「ごめん……ごめん、っ」 「二度とこんなことはするな。ひとりにはしねえよ、だから安心しろ」 ずっと強い人間でいないといけないものだと思っていた。 世の中はひどく冷たくて、両親でさえおれを愛してはくれなかったから。 だから自分の本当の姿は隠してきた。 故意ではない、呼吸をするくらい無意識にやってきたことだ。 だが志野はおれを抱きしめてくれる。 本当は弱くて脆いおれを、安心させようとしてくれる。 ふしぎな男だ。 いままで出会った誰よりも。

ともだちにシェアしよう!