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第17話

「……しの」 「なんだ」 「手……」 「?」 「…………なんでもない。腹減った」 言えない。 これ以上言ったら壊れる。壊したくない。 「……」 「さっきの優斗くん、かわいかっただろ〜? わっ! ……なにっ」 突然手をつながれた。 がっしりとにぎられた手の熱。 まるで恋人のような"それ"に、おれはひどく恥ずかしくなり赤面する。 「っ……な、なんなの。あんたほんと気狂ってる」 「……俺にはお前の考えてることがわからない」 「え? ぇ、いや、そんなのおれもだし」 「わからねえけど。肇が思ってるほどひどい世の中じゃない」 「っ」 「俺は、お前を一生守るつもりだ。たとえ嫌がっても離す気はない」 「…………だって、ホストだったじゃん。志野は」 素直に受け取れない。 それは志野の本心なのか? 「ホストが怖いのか」 「……じゃなくて、おれは志野が怖いんだよ」 あ。 言ってしまった。地雷なのに。 終わったと思った。 でも志野はあきれた視線をおれに向けただけだった。 そしてスマホを手に取るとこちらへ向けてくる。 「?」 「ホストを辞めてから、俺は誰とも付き合ってない。そういう関係をもったこともない、全員切った」 志野の電話帳には、5件ほどしか名前がなかった。 おれと、身内関係にある親戚と、ネットの仕事仲間だけだった。 「……なんで。じゃあ志野は、ホスト辞めてからおれ以外とヤッたこと……ないの」 「ねえよ。お前以外に興味ないから」 「っ……!」 「チッ、つーか何十回言わせんだ。どっかの誰かは夜遊びすんのも直らねえし、自分がどんだけ大事にされてんのか自覚しやがらねえしよ」 「……」 「思ってること言えよ。聞いてやるから」 そう言って助手席のドアを開ける志野。 足がガタガタとふるえそうだった。 「肇」 「っ、……おれは、不幸じゃないとダメ、だから」 「理由は」 「……自分が幸せだって思うと、怖い。ぜんぶ壊されていく感じがする。そんな権利おれにない、から」 車内はあったかかった。 エアコンをつけていたらしい。 さすが志野だ。 「おれは志野を、求められるような人間じゃない……いつか絶対、飽きて捨てられ」 「ひでえな」 「っ」 「それは親の話だろ」 「……」 「幼少期に愛されなかったから自分は誰からも愛されたらダメだってか? はっ、視野が狭いな」 「え……」 「俺は肇がかわいそうなやつだと思ったことは一度もないぞ。弱い人間だとも思わない。親と縁を切るなんて突拍子もない選択ができるお前を、赤の他人がバカにできるわけないだろ」 言葉が出なかった。 そんなふうに言われたのは、初めてだ。 「誰だって1人になるのは怖い。俺だってそうだ。その選択をして自分の足で生きようとしたお前は、強いよ」 「……っ……志野」 「まーた泣くのか? っと感情表現が豊かなやつだな」 「信じても……いい、ですか。志野は、おれを……」 「捨てるか捨てないかは聞くなよ。そもそも人間を捨てるってなんだ。お前には覚悟があるのか」 「え?」 「肇が思っているほど俺は優しくない。肇にその気がないなら無闇に手を出すつもりはねえけど、覚悟があるってんなら話は別だ」 覚悟……? 志野のすべてを受け入れる覚悟。 おれだけの志野であってほしい。 覚悟なら、ある。

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