20 / 36
第20話
どこでも構わずおっぱじめる人間を見るのは慣れている。
俺が引いたのは2人とも男だったということ。
26になった俺でも男同士の行為は初めて見た。
「コラ、力抜くなボケ。痛いのが好きっつったのてめえだろ」
「ン゙っ、痛いのが……いぃ……」
きも。
まさか野郎の甘え声を聞くとは。
久しぶりに背筋が凍りかけたが、ここら辺の人間はそんな連中ばかりだ。
なにがあってもおかしくはない。
どう見ても痛がっている様子だが、なぜかその男は殴られてもヘラヘラと笑っている。
張りついたような笑顔があからさまに「嘘です」と物語っているのに、それにまったく気づいていない図体のデカい男は美人を抱けて有頂天なのか興奮していた。
気色が悪い光景だ。
「志野ー? あ、いたいた。みゆきさんがお前を次回指名したいんだってさ」
「あぁ、適当にOKしといてくれ」
「お前ほんと冷めてんな」
「一輝が欲求不満すぎんだろ」
「うっせ。これからまた飲み行こうぜ」
「お前の奢りな」
「オレより稼いでるだろーが」
店内へ戻ろうとして、ふと気になった俺は振り返った。
「痛だっ」
「チッ……クソ上司が調子乗りやがってこちとら腹立ってんだ。満足させろよ」
「う、んっ……」
泣きそうになってんじゃねえか。
くだらねえ。
初めてあいつを見たときは、気味の悪い男だと思った。
なにを考えているのか分からない。
まるで人間不信の塊だ。
人間の好奇心というのは矛盾する。
その日から何度も肇は路地に姿を見せていた。
毎回違う相手を連れ、暴力を振るわれればヘラヘラと笑う。
まるで助けを求めているようなうさんくさい笑顔を、誰も気にかけはしない。
いつしか俺はそんな肇のことが気になって仕方がなかった。
「へへ……今日は5万かぁ……」
今日はひとりだった。
ぼろぼろになった服や体を気にかけもせず、手にある札を眺めている。
5万って……少なすぎんだろ。
肇は相手に金額を決めさせていたようだ。
ひどい相手だと満足いかなかったからと逃げられたこともあるらしい。
思わず、声をかけそうになった。
そんなことをする義理はない。
それにどんな病気を持っているかもわからない男に関わるべきではない。
やめておけ。
脳内で自分自身に言い聞かせた。
それから数日間、肇は姿を見せなくなっていた。
殺された、か。
あまりに物騒な妄想をしている俺に自嘲する。
肇がどこでなにをしていようと俺には関係ないのに。
「__おいクソガキぃ!」
星も出ていない夜だった。
子どもが通ることは滅多にない裏路地にランドセルを背負う小学生がいた。
腕に刺青をした男は泥酔しているようで、小学生相手に恐喝をしていた。
そして隣には、肇がいる。
「クソガキがオレの前を堂々と歩いてんじゃねえぞ、コラぁ? 何小だ、あ゙ァ??」
「おい吉良、いくらなんでもそれはやめろよ。子ども相手だろ」
「うっせぇんだよ、道具の分際でッ」
「痛゙っ」
男のこぶしが肇の顔をはたく。
飛び出そうとした瞬間、腕を背後からつかまれ、一輝が「やめろ」と制止する。
「このクソガキっ、オレをバカにしやがってざけんじゃねえぞ!!」
「やめろ吉良ッ」
泣きじゃくる子どもを庇った肇の頬を吉良という男が殴り、腹部を蹴りあげる。
我慢ならなかった。
知能が弱い人間ほど、力の弱い者に手を上げる。
それの典型だ。
「離せ、一輝」
「アホかっ、どう見ても危険だろうが。知らない人間に深く関わるなっていつも言ってんだろっ」
「ッ……」
肇は顔もアザだらけで、頭部から出血していた。
それでも子どもを庇い男にやめろと強く言っている。
助けたい。
助けなければいけない。
「一輝っ」
「田中! いますぐ警察呼んでくれ! そこにいるんだろ! 吉良周平だッ!」
「なッ」
肇の声が路地に響きわたり、なんだなんだとうちの客が顔を出し始める。
男は焦りを隠せず、「クソッ」と叫んで逃げていった。
立つことも困難なほど傷ついている肇が、泣きついてくる子どもをなでて笑顔を見せた。
「もう、大丈夫だぞ〜。怖かったなぁ」
「うわぁぁぁんッ、ごわがっだぁ、おにいちゃん死んじゃうぅぅ!」
「あはは……こんなんで死なないよ、ほーらもう泣かない。男の子だろ?」
「大丈夫ですか!? 救急車呼びましたので!」
「ああ……ありがとうございます〜……」
屈辱だった。
俺は見ているだけで、助けることすらできなかった。
助けようと思えば一輝を突き飛ばしてでも行けたはずだ。
肇の笑顔が、そのとき初めて本物に見えた。
ともだちにシェアしよう!