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第21話
「____一輝、あいつはどうなった」
またなにもない日常が始まった。
あの一件以来、数ヶ月は肇の姿を見ていない。
痺れを切らしたのは夢に肇が出てきたからだった。
「……あいつってあれだろ? 子ども庇ってた」
「ああ、詳しいだろ」
「まぁな。安心しろ、死んではない。このあいだもよくわからんキショい格好した男といっしょにいるとこを見た」
「どこで」
「佐々木町だったかな? つーか、深入りすんなって言ったぞ。オレは忠告してやってるんだ、志野。お前が闇の世界に足を踏み込む義理はない」
一輝は本心で俺を気にかけていた。
高校からの付き合いであれば当然だが、一輝がこの業界に入ったのもきっかけは俺だった。
心配しているからこその言葉でも、聞く耳は持てない。
「あ〜! 見つけた〜、シノぉ。今日も遊びに行こうよー」
腕に絡みつかれ、胸を押し当てられても興奮しない。
一瞬、女と肇が重なった。
肇に抱きつかれたと思った途端に、指先から鈍いしびれを起こす。
____あの男がほしい。
「……シノぉ? どうしたの?」
「なんでもない」
そのときわかった。
俺は相当なバカなのだと。
なにを血迷ったのか、数日後に俺は退職届を提出した。
長年勤めてきたホストを辞めるという選択に反対されないはずもなく、上司や友人からの説得が数日は続いた。
だが、俺は揺さぶられなかった。
「お前……やっぱおかしいって。やめた後どうすんだよ? お前のファンだって大勢いるのに、その子たちの想いだって」
「俺はこの仕事を生きがいにはしてない」
「え?」
「ずっとなんとなくで生きてきた。ホストが楽しいなんて、一度も思わなかったよ」
「……」
「いままでありがとな、一輝。お前には感謝してる」
「…………そんなこと、言うなよ。なんで縁切る前提なんだよ。志野はそんなにこの業界から消え去りたいのか?」
俺はこんなにも気が狂っているやつだったのか。
なぜだか笑えてくる。
「ホストの世界から消えたいわけじゃねえよ。追われるのには飽きたんだ」
「は?」
「やりたいことができた。ただそれだけだ」
「……」
「だからお前はもう関わらなくていい。どれだけ危険だろうと、俺はやめない。これで不幸被るってんならむしろ本望だ」
「…………くそ野郎。勝手に1人で突っ走んじゃねえ。んな理由で縁切りやがったら一生呪うぞ、オレはこの業界に入ったときからお前に一生ついていくって決めてんだよ」
「なんだそれ。お前もバカになってんじゃねーの」
「うっせー、ハゲ。知りたいのは米津のことだろ?」
情報収集が得意な一輝は高校の頃からやたらと裏情報に詳しかった。
米津、と初めて名前を聞いたのはそのときだ。
それからは正直、よく覚えていない。
肇をいくら探しても見つからず、日だけが当たり前のように過ぎていった。
現代の社会で流行しているビジネスの手段として、インターネットを通じて情報を発信することができるようになっている。
俺は本業でネットモデルの活動を始め、経験で得た知識を元に本も出版した。
ホスト時代のファンがいたおかげもあって非公式のファンクラブも廃れることがなく、結果は現役の頃より収入が増えていた。
だが、肇の情報にたどり着くまで困難を極め、気がつけばホストをやめて2年が経過していた。
「おい志野、見つけたぞ。あいつ、オレの連れが昨晩見たらしくて」
その一言で、俺の廃れ欠けていた欲望がふつふつと溢れあがる。
肇はあの裏路地から5kmほど離れた路上にいた。
それもどこかのマンションのゴミ捨て場に投げられたように倒れていた。
服はやぶられ、無数の傷を負っている姿はひどく痛々しい。
こんな扱いをした人間をいますぐ殺してやりたかったが、いまは堪えるしかなかった。
生死をたしかめようと手を伸ばしたとき、肇が薄らと目を開ける。
「うーわ、なんだこの臭い。あんた起き上がれるか? 傷だらけじゃないか」
「……誰」
目が合った。
一輝が背後から声をかけているなか、俺は一瞬声が出なかった。
「……おぉ、口利けんならまだ大丈夫だな。一輝、こいつ連れていくから車寄せろ」
「へいへい、相変わらず人遣い荒れーなぁ」
肇が生きている。
感じたことがないほど安堵した。
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