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健気 side肇
腰が痛い。
全身がメキメキと嫌な音を立てていて、ベッドを起き上がれない。
痛い……
「ええ、そうですね。はい、それに関しては問題ありませんよ。ご心配なく」
痛い、痛い痛い痛い。
割れてしまいそうだ。
「ゔぅぅ」
「……いくら狼の真似をして俺に威嚇しても、お前はポメラニアンだぞ」
「志野のいじめっこ! もういいって言ったのに全然やめてくれないし!」
「いじめられるのが好きなんだろ? なにが不満なんだ。優しくされるのも嫌なくせにな」
「…………志野には、優しくされたい」
「猫かぶりめ。いままで言ってたのは嘘だってか」
ちがう。
本当は俺自身、人の優しさが怖かっただけだ。
自分は軽蔑されるような人間だと思い込んで必死に痛みを求めてきた。
だが、志野の優しさを知って変わった。
愛のない痛みなどほしくない。
「どこが痛いんだ?」
「わぁぁっ、痛いっ! 押すな!」
「んじゃあくすぐるか?」
「や! わははっ、ちょと、やめてっ!!」
ベッドに腰かけた志野の腕をがっしりつかみ、動きを制止させる。
反動で腰に痛みが走り、また視界が揺れた。
「いたぁい……もう志野のバカ……ミジンコ、おたんこなすび」
「小学生かよ。でもお前、ちゃんと言えるようになったな、そういうの」
「……どういうの?」
「痛いとかツラいとか、最初の頃はやたら隠そうとしてただろ。それが言えるようになっただけでも俺はホッとしてる」
「…………志野は、そっちの方が嬉しいんだ」
「当たり前だ。俺はべつに文句ひとつ言わない家政婦がほしかったわけじゃねえ」
「ふふふ、志野はおれのこと大好きだなぁ」
「口が緩みまくってんぞー、もっと隠せよ」
志野はおれを捨てなかった。
気がつけば最初の志野との出会いからは4年が経っている。
ずっと片思いを続けてきたのは志野の方だったらしく、いまだにその事実を受け止めきれていない。
どうして志野はおれがいいのだろう。
何度思ったかわからないそれも、答えが結局見つかっていない。
自分にそこまでの魅力があるとは、おれにはどうしても思えないのに。
「肇の服を買ってきた。冬服はこれで最後だな。次は春ものだ」
「志野って服選びのセンスすごいな〜。おれにはよくわかんないけど」
「お前が選ぶとやべーんだよ、色々と。とても営業ができる人間とは思えないセンスだぞ」
「そうなん? でも凛さんはかわいいって言ってくれたよ」
「ただの親バカに決まってんだろ。あんま大人の言ってること真に受けるなよ、あいつらはいい人の仮面をかぶった悪魔だ」
「めちゃくちゃ言うじゃん、凛さんに言っとこ」
「やめろ、殺される」
「あはは〜」
最近知ったが、志野は意外と世話好きだ。
いや、意外でもない。
どう考えても拾うと危険をこうむるリスクが高かったおれを拾った時点で、ふつうの思考はしていないだろう。
なんというか、志野は__
「お母さん」
「誰がお母さんだ。心配かけすぎなんだよ、お前が」
「志野みたいなお母さんだったらよかったな」
「……」
「あ、いまのなし」
「もう無理だろ。小声ってレベルじゃなかったぞ」
「……どうしても、たまに思っちゃうんだよね。おれ、いらない子だったのかなって。じゃあ、なんで産まれたんだろうって」
「肇に価値がないわけじゃない。たまたま親との相性が悪かった、人生の運がなかっただけだ。そういう気持ちになるのは当然だが、自分を追いつめるのは絶対やめろ」
「うん」
「俺は肇の母親にはなれねえけど、誰よりもお前を愛してるよ。俺だけは絶対に裏切らないから信じとけ」
「……なんか、笑いそ」
「おい。どうなってんだ、肇のツボは」
「ちがう、ごめん。慣れてないこと言われると、笑いが……」
「肩をふるわせるな」
愛してる……
ああ、泣きそうだ。
ずっと誰かに必要とされたかった。
生きててもいい証明がほしかった。
苦しいほどに、優しい。
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