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『そんなに嫌なら、そんなに辛いならやめてしまえばいいのに』
昨年の楽団のクリスマスリサイタル。幾つかあったうちのひとつ。
昼間とあって子どもの観客も多かった。それを見越して曲目も子ども向けのクリスマスソングを多く取り入れていた。
前半が終わり楽屋に戻ると友人の夏生が花束を持って訪れた。彼が連れていた小学生くらいの小さな男のコは、そう言った。
夏生は慌ててその口を塞いだが、その少年はまだ何か言いたげだった。
あんな小さな子どもにも解るくらいに、オレの気持ちがだだ漏れだったことに吃驚した。やるせなかった。
それがすべてではないにしろ、その言葉はきっかけのひとつとなった。
オレは楽団をやめた。誰かに聴かせる為にピアノを弾くのをやめたんだ。
**
── カチャッとドアが開く音がして、顔を上げた。どうやらオレは立てた膝の上に突っ伏して寝てしまっていたらしい。
冬馬と眼が合う。オレは立ち上がり彼に近づく。
寝起きで頭がはっきりしないのと、その前までぐちゃぐちゃ考えていたせいで思考力が低下していた。そして、感情の制御もできていなかった。
( なんだ、こいつ。欲望だだ漏れだ )
冬馬を見るなり、そう感じた。
冬馬らしくないと思った。さぞかしこの数時間は辛かったことだろう。
そんなことを考えているオレの醸し出すものがまた、オレたちふたりの間の空気をおかしくしているらしい。
「晩飯、食べ損ねたな」
ごく普通の内容なのに何処か気まずげに言う。
「秋穂のことも喰い損ねた?」
オレはそう揶揄して冬馬を煽った。
「それとも、もう喰っちゃったのかなぁ」
彼の様子を見るとそれはないなと解っていた。
( ああ、でも…… )
欲望を孕んだ瞳。薄手のデニムパンツの中心の膨らみ。
やっぱり秋穂で欲情するだ。嫉妬で頭に血がのぼる。
そして、今までオレに向けたことのない怒り。
それは一瞬で消えたが ── ぞくぞくする。自分の中心にも熱が溜まっていくのを感じた。
もう自分の感情を押さえきれなくなっていた。
わざとらしく彼の股を割って片足を滑り込ませ、自分の熱をも感じさせる。
「オレが ── 相手シテやろうか」
「馬鹿言うな ── こんなのただの生理現象だ」
お粗末な言い訳で、逃げようとする。
( 逃がさない )
「そんなに怒るなよ。子どもの遊びみたいなもんだろ。前にふざけて抜きっこしたことあったよな。それと変わらない」
( でも、今日は遊びじゃすまさない )
自分にあるのかわからない色気を最大限に発揮し、冬馬を煽ったみた。
どうやらオレにも多少の色気はあったらしい。自分の腿に当たる熱が更に高まったのを感じた。
冬馬の顔に自分の顔を近づけ、その唇の端をペロリと舐めた。
「腹減ってるなら ── オレを喰えば?」
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