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冬馬がもし望んでくれるなら、彼と繋がりたい。それが例え、身代わりだとしても。
オレが手を離しても、冬馬の手はゆるゆると胸を彷徨っている。再び小さな頂きに辿りつくと、軽く爪を立てそこを引っ掻く。
「んっ」
オレは小さく声を零した。こんな感じる筈もないところでも、冬馬に触れられれば不思議とぞくぞくしてくる。
オレはもう一度キスをしたくて顔を近づけた。
「冬馬……いいんだよ、秋穂の代わりにしたって」
彼の唇を見つめながらおもむろに言う。
しかし、それを聞いた途端、冬馬の身体は硬く強張った。胸に触れていた手も止まる。
オレは視線を唇から彼の眼へ、パッと移した。
その瞳にはもう熱はない。正気の冬馬 ── いや、それよりももっと冷たい色を湛えている。
「それは、駄目だ」
低く、怒りを含んだ声。
冬馬はTシャツの内から手を引くと、軽くオレを突き飛ばした。スッと立ち上がり身なりを軽く整え何処かへ行ってしまう。
オレはその場にへたり込んだ。
( 地雷、踏んだか…… )
立ち上がれずにいるオレの傍らに足音が近づき間近で止まった。ふんわりと頭の上から何かがかけられた。
洗濯された清潔なバスタオル。
「早くシャワー使え」
どんな顔をしてそう言っているのか、オレは見ることができなかった。バスタオルで顔を隠したままバスルームに飛び込んだ。
冬馬が出ていく音が微かに聞こえてきた。
彼の言った「駄目だ」という言葉。秋穂のことだけではなく、たぶんオレのことも思って言ったのだろう。冬馬らしい考えだ。そうは解っていても、少しもオレの心は軽くならない。
( もう……だめだな。取り返しのつかないことをした )
バスルームの冷たいタイルの上から動くことができない。
( もう、嫌われたなら、それでもいい。ざまーみろ、秋穂より先に冬馬にキスしてやった )
オレの口から乾いた笑い声が、涙と共に零れて落ちた。
翌日。オレはふたりとは別れ、家路に着く。
あの後天音にメールを送った。眠れないまま朝になり、六時くらいに天音から返信が来た。
── 十時頃、そっちに着く ──
そして、オレはその時間まで部屋を出なかった。
突然のことで吃驚している秋穂と、何の表情もない冬馬。
「じゃあ」
暗い声で一言別れを告げる。冬馬は最後まで口を開かなかった。
前のように、なかったことにもしては貰えなかった。
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