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** 「そうだけど?」  苦しくて、でも大切な想い出に触れられ、つい棘のある言い方になる。オレはハルの手に載せられた紅い紐を掴もうとした。  その瞬間、それは遠ざかった。ハルがぎゅっと握り込んで、座っているオレの届かない位置に手を上げたからだ。 「なに?」  その行動の意味が解らず、オレは片眉を上げた。ハルは黙ってオレを見つめている。 「それ、返せよ」  きつく言い放つ。 「嫌です」  歳が離れているせいか、無愛想ながらもハルはオレに反抗したことはなかった。それなのに何故今ここでこんな態度を取るのか。何処にそんな要素があったというのか。 「もう、いい加減現実を見たらどうです?」  更に良く解らないことを言う。 「は?何言ってるんだ?」 「そんなに──あの(ひと)のこと好きですか?生きているのか、死んでしまったのか、曖昧にしたいくらいに」  その言葉にオレは固まる。頭の中で反芻してどくんっと心臓が跳ね上がる。 ( なに……?ハルは何を知っているんだ……? )  これ以上聞いてはいけないような気がして、オレは彼の言葉をスルーした。  とにかく組紐を奪い取ろうとして立ち上がりかけて、眼の前の男に突き飛ばされた。上半身がベッドに沈む。その拍子に片目のカラコンが飛んだ感覚がした。 ( そうだった、気を失ったままだったから )  オレはカラコンを入れたまま寝ていたんだ。 ( を見られるわけには ── )  オレは飛んだ方の眼を手で覆いながら起き上がろうとしたが、それはハルに寄って制された。眼を覆った方の手首を掴まれたかと思うと、あっという間に両手ともシーツに押しつけられる。  真上からハルに見下ろされている。彼は相変わらずの無表情 ── のように見えたが、その瞳にはやや熱っぽさがちらついている。 「ああ、そうだ。この瞳だ」  低い呟きが漏れる。オレが睨みつけていることなどまるで気にも留めず、何処か陶然とした様子だ。 「こっちの眼の色も見せてよ。髪は……ああ、染めたばかりか。本当はもっと明るいブラウンだよな。陽に透けて金色に煌めくような……」  彼の指先がさらりとオレの髪を掬う。  ハルの言葉がオレの脳内でぐるぐる廻る。 「ね ── 元ピアニストの柑柰詩雨さん?」  口角は少し上がっているが、眼は全く笑っていなかった。 ( 柑()()雨を知ってる……? )  そうだ。途中までとはいえ一緒に仕事をしたんだ、名前くらいは夏生が教えたかも知れない。  でも、『SHIU 』が私生活を明かさない理由を知っている夏生が、『ピアニスト柑柰詩雨』のことをハルに言うとは思えなかった。  それに、今のはまるで見たことがあるような言い方だ。“あの時”にはもう既にこの姿だった筈なのに。 「俺、あんたに会ったの ── 夏生の事務所で会った“あの時”が初めてじゃない。俺が一方的に見ていただけだけど。俺 ── 初等部の頃、聖愛にいたんだ」

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