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 俺は急いでジーンズだけ履くと、Tシャツはシウさんにずぼっと被せた。彼は突然のことに面食らっていたが、すぐに「ありがとう」と言って笑った。  俺たちは足早にプールサイドに戻り、シャワー室のタオルを借りると大急ぎでお互いの部屋に戻った。  湯で身体を温め人心地つくと、シウさんから連絡がくる。俺たちは昨夜と同じようにホテルのレストランで食事を取り、シウさんは昨日よりも更にアルコールが進んでいた。  撮影に納得がいったのか、かなり上機嫌で飲んでいて、多分昨晩より酔いが回っている。  ほんのり色づいた目許も濡れた唇も、そして口許のほくろも色っぽ過ぎる。  笑顔を振り撒かれる度に、俺はどぎまぎした。これ以上は、いろいろな意味でダメな気がして、 「シウさん、もう、部屋戻るよ」  と、立ち上がらせた。  ふらつく身体を抱えて歩く。視線を少し下げると、彼の後頭部が見えた。 ( 昨日は気づかなかったな…… )  黒い髪の根元には明るいブラウンが混ざっていた。 ( やっぱり、あの人だったんだ )  密着する度にふわぁっと、アルコールの匂いとシウさん自身の香りが鼻を掠め、飲んでもいないのに酔ってしまいそうだった。  俺は邪念を捨てとにかく、彼を部屋に連れて帰ることだけに専念した。  預かったカードキーでドアを開ける。 「シウさん、着いたよ」  声をかけても返事はない。寝てしまっているようだ。  軽いと言っても成人男性を抱えて歩くのはかなり体力を使う。しかもここにきて全体重をかけられては、もう限界とばかりにベッドの上に放り投げた。  それでも彼は眼を開けなかった。  そのまま上掛けをかけて、顔を覗き込むと、唇が誘うように半開きになっている。俺は人差し指で口許のほくろに触れ、そして、紅みの差した唇にも触れた。 ( やわらかい…… )  自然と顔が近づいていく。触れ合おうとした瞬間、 「と……ま……」  と、小さく声が漏れてきた。  俺は我に返った。 ( 何しようとしてたんだ )  慌てて顔を離す。シウさんが眼を覚ましていないか確認をしてから、急いでその場を立ち去った。  俺は自分の部屋に戻ると、脱力してベッドに転がった。 「と……ま……?」  切れ切れの言葉は、あの男の名前だろうか。  輝くような笑顔で大きく手を振る相手。聖愛で時々一緒に歩いている男。  そして ── 木の陰から辛そうに見つめていた男。  俺はシウさんに、俺自身が聖愛の出身で、シウさんを知っていることは言わなかった。  ピアニスト以外の職を目指し、髪を染め瞳の色を変え、そうまでして封じ込めたい過去を暴くような気がしたからだ。  幼い日に見た、あの綺麗な笑顔。辛そうなのに、やっぱり美しかった横顔。  再会した時には思い出せなかった。  でも、一瞬、時が止まってしまったかのように眼を奪われた。  心の中まで覗き込んでくるように見つめてくる瞳。これでもかと振り撒く華やかな笑顔。  俺の心臓はいつもうるさかった。  

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