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 ホテル内でもまだ他の客は見かけなかったが、プライベートビーチも今は誰もいない。  白い砂浜を歩く。立ち止まってファインダーを覗く。  真剣な眼だ。芸術家の眼 ── 。 「ねえ、水の中、入れる?」 「え、でも、水着ない」 「足だけでもいいよ」  あの眼で見つめられると逆らえない。俺はジーンズを膝上まで折り曲げ、裸足になる。指示されるままに海水に足をいれる。  波打ち際を歩く。しゃがむ。横を向く。後ろを向く。  一旦海から出て、再び砂浜を歩いた。  ホテルの裏側に回ると少し景色が変わる。緑の木々や花が咲く陸地が海に伸びた、岬になっている。  撮影を続けていると、次第に陽が傾き、海が緋色に染まる。それをファインダー越しに見ながら、しかし、シウさんはシャッターを切らなかった。  しばらくその状態で、何かを考えている。 「ハル……ジーンズとシャツ脱いで海の中に入れる?」  その言葉はお願いの形をしているのに、有無を言わせない強さを感じた。  俺は覚悟を決めた。  ジーンズとTシャツを脱ぎ、海の中をざぶざぶと入っていく。陽が傾いたせいか、先程よりも水温が低い。  腰の辺りまで浸かったところで、シウさんの「そこでいいよ」という声が聞こえた。 「少しこっちに顔を傾けて」  言われるまま顔だけを向けると、彼も裸足になり八分丈のパンツの裾ぎりぎりまで水に入っていた。  熱い視線をファインダー越しに感じるような気がした。  海水が体温を奪っていくのに、身体の中心には熱が溜まっていく感覚がする。唯一身に着けていたボクサーパンツを、俺の昂りが軽く押し上げている。 ( やばっ。なんで、こんな時に )  俺はそれを鎮めるべく、シウさんの指示だけを聞いて、後は無心になった。  夕焼けに染まった海と雄大な自然を見ながら冷静になった頃、 「ハル、ハル?」  そう間近で声がした。 「ありがとう、終わったよ」  振り返ると、数メートル離れた場所にいたはずのシウさんが、すぐ後ろにいた。  シウさんの美しい笑顔も緋色に染まり ── そして、俺は今まで掴もうとしては遠退いていく記憶を、やっと手にしたのだった。 ( カンナシウ──あの人だ ) **  聖愛の隣の敷地に建っている建物。  開け放たれた窓から、いつも聞こえてくるピアノの音。恐らく、同じ人が奏でている音。  優しい音。愛しい音。  いったいどんな人が……。  やがて、音が止み、窓から顔を出す。その人は、大きく手を振っている。  傾きかけた陽の光を浴び、緋色に染まる。  綺麗な人だと思った。男子の制服を着ているのに。  輝くような笑顔で手を振る ── 俺にじゃない。俺よりも建物の近くに立っている男。背が高くて、体格の良い男。聖愛の中等部の生徒 ── 。 ** 「ハル、早く上がって服着て。めっちゃ冷たい」  シウさんが俺の腕に触れる。 「何言ってるんですか、シウさんこそ。服着たまま入ってくるなんて」  シウさんは腹の辺りまで海水に浸かっていた。白いシャツにまで水が飛び、所どころ透けている。  また心臓が跳ね上がる。これ以上、冷静さを欠かないうちに、急かして砂浜に戻った。  

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