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「あれ、ハルくん」  そのうちの一人が俺の名を呼んだ。 「Rina」  呼ばれて初めてちゃんと顔を見ると、以前雑誌の仕事で一緒になった、モデルのRinaだった。確か俺と同じくらいの歳の筈、と記憶を辿る。 「なになに、モデルさん?」  もう一人の女性は、それより少し年上に見え、シウさんと同じくらいかも知れない。 「そう。前に一緒に仕事したの。また、ハルくんとご一緒したいな」 「へえ。いいじゃない。うちのモデルさんにはいないタイプだ」  値踏みするような視線が、上から下まで何度も行き来した。  そこで扉が開く。 「またね~」  と、Rinaが手を振り、 「シウさんにもモデルして貰いたいな。レディースとかもいけそうですよ」  と、もう一人の女性が言って、二人はエレベーターから降りた。  再び扉が閉まると、二人だけしかいないのに、内緒話をするみたいに顔を近づけてくる。 「いや~、モテますね、ハルくん」 「そんなこと」 「おまえ、カッコいいもんな」 ( はあ……もう、やめてくれ )  間近でそんないい顔されて、そんなこと言れて、心臓がバクバク音を立てている。 「もう一人の方、ここのメインのデザイナーだよ」  俺の気持ちに気づくこともなく、シウさんの話題は別なものへと変わっていく。 「ここには“Citrus ”の全てがある。デザイン、パターンの製作。ショー用のものと、オーダーメイドのものは、ここで縫製もする。オンライン販売の部署もここにあるんだ」  彼がかなり“Citrus ”の内部に詳しいことに、俺は軽い驚きを感じていた。 「それから、スチル撮影用の部屋もあって、機材も揃っている。Citrus のスチルは、今はオレがほとんどやってる」 「え……」  詳しい理由はそこにあったが、それこそ一番の驚きだった。 「おまえがオーナーに認められたら、一緒に仕事できるな」  『SHIU 』の名を出さずに、親しい人からの依頼を受けているのは知っているが、一か所に留まっているとは思わなかった。  “Citrus ”のオーナーは、それ程特別な相手なのだろうか。 「ただし」と言って、シウさんは唇に人差し指を当てた。 「オレが撮っていることは、秘密。冬馬は『SHIU 』を、オレを、害するものを許さないから。もし、漏らしたりしたら、今後“タチバナ”の仕事は来ないと思って」  にやりと悪い笑みを浮かべる。冗談めかしているが、言っていることはけして冗談とは思えない。  そして。 ( トウマ……名前呼び…… )  胸のもやもやが更に広がった。それとは別にその名には何かが浮かびそうになり、浮かび切れずに、そのまま消えていった。

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