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 エレベーターが十階に到着した。  この階の扉は二つ。迷いもなく奥に進む。シウさんはノックもせずに扉を開けようとしたが、アッと小さく声を上げて留まった。それから、少しだけ静かに扉を開け、そっと中を覗く。 「今日は大丈夫」  ホッと息を吐いた。 「何?」 「いや、なんでも」  ハハッと笑って、今度は思い切りよく扉を開いた。  正面は一面窓だった。青い空と、高いビルが見えている。窓際に立ち、背を向けていた男が振り返る。 「詩雨」  低いが、良く通る声が彼の名を呼んだ。 ( こっちも、名前呼びかよ )   「いつも、突然だな」  彫刻のように整った顔に、やや優しげな表情を滲ませている。 「いやぁ、今日は誰もいなくて良かったよ」  シウさんはそう言いながらその男に近づき、男の方も二、三歩歩み寄る。 「なんの話だ」 「おまえのキスシーンなんか、見たくねぇつうの」 ( ……? )  言っている意味は良く解らないが、ふたりがかなり親しいのは感じられた。  シウさんは彼のすぐ傍らに立つ。ふたりが並んでいると、そこだけが特別なオーラを放ってるようだ。  なんとなく入って行けず、俺はドアの傍に立ったまま、それを見ている。  シウさんは割りと背の高い方だが、この男はそれをかなり上回っている。俺と同じくらいかも知れない。  三つ揃いを着こんだ肉体は、モデル並みに均整がとれている。  年齢は、シウさんよりも少し上のように見えるが……。 ( あれ、この(ひと)、もしかして…… )  確信はないが、この男について、ひとつ思い当たることがあった。  ふたりはかなり近い距離で話をしている。時折男は、シウさんのさらりとした黒髪に指を入れる。ごく自然に。 ( なんだ、あれ )  俺はムッとした。ずっともやもやしていた胸の内は、それを通り越し、どんよりと黒い雲に覆われる。 「ハル」  不意に名前を呼ばれる。 「あれ、なんでそんなことにいるの?入って来なよ」  彼はまるで此処が自分の部屋でもあるかのように言い、手で招き入れる仕草をした。  俺は返事もせずに中に入り、静かに扉を閉めた。呼ばれるまま彼らの方に歩を進めるが、少し距離をあけたところで、立ち止まる。 「夏生のとこのモデルで、『ハル』だよ」  簡単に紹介されたので、 「こんにちは」  とりあえず挨拶をした。この男に対して、他に何を言っていいのか分からなかった。  男は少し近づいてきて、真正面に立ち、数度上から下まで視線を走らせた。  またか、と思いながらも、俺はその間、男の顔をじっと観察した。 ( やっぱり、そうだ )  も大人っぽい顔つきをしていたが、今はそれに加えて、落ち着きや貫禄が滲み出ている。  

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