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「あー。ああ、うん、そっか」
それは、Citrus に通い始めて間もない頃のことだ。
橘オーナーがデザインルームにやって来て、俺に声をかけた。二言三言話をして、他のデザイナーやモデルの方へと行く。
その後羽衣さんがそんな声を漏らし、一人納得がいったというように、うんうんと頷いている。
それから、顔を寄せてきて小声で言った。
「エレベーターでハルに会った時ね、なんだか初めて会ったような気がしなかったんだよね。さっき並んで立っているのを見て、わかったんだわ。なんか、冬馬くんに似てるって。あ、いけね、ここでは橘オーナーだった」
ぺろっと舌を出す。
「彼がオーナーになる前、まだ大学生の時からの知り合いだから、ついね。“Citrus ”は初め“華”というブランドの店舗に置かれていたけど、彼が大学を卒業する時に独立したの。その時に“華”のデザインチームの新米だった私を一緒に連れて来てくれたんだよ」
彼女は改めて俺の顔をまじまじ見た。
「そうだねぇ。そっくりとまではいかないけど、背格好とか雰囲気とか。どちらかと言えば、あの頃の冬馬くんに近いかも。あと声もなんとなく?」
それを聞いて、思い当たることがあった。
シウさんと再会した時、じっと見られていたこと。
撮影の時も、それ以外でふと視線を感じて振り返った時も、彼が自分以外の誰かを見ているように感じたことがあった。
気のせいかと思った。
気のせいじゃなかった。
彼が見ていたのは ── 橘冬馬。
自分自身では、似ているとは、全く感じてないのに。
「今回もオーナーのデザインはなしか」
二着目の仮縫いをしながら、羽衣さんはポツンと言った。
調度、扉の向こうに、オーナーとシウさんの姿が消えた時。
「オーナーもデザインやるんですか?」
「あ、ハルは知らなかった?」
勉強不足を気まずく思いながらも、首を縦に振った。
「ここはレディースがメインだけど、メンズも少しある。メンズのデザインはオーナーが作ってる。あの男くさい彼が考えたとは思えない、繊細で儚げ。レディースもやるけど、そっちも同様。Citrus のデザインのなかでも飛び抜けて繊細なデザインだから、一階のショップをよく見たら、たぶん違いが分かると思うよ」
話しながらも、魔法みたいに手を動かしていく。
「“Citrus ”は、元々そういうコンセプトなんだけど。たぶんオーナーはひとりの“誰か”をイメージして、作っているんだろうと思う。──でも、ここ一年は新作出してないんだよねー」
心底残念そうに彼女は言った。
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