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 繋ぎ合った手を元気良く振り、楽しそうに笑いながら。  それは、“もうひとつの秘密基地”へと向かう、かつてのオレたちか。  懐かしく、愛おしい姿。  白い雪の上に、点々と赤い花が咲く── 血だった。それを見つけた時、そんな感傷も吹き飛ぶ。  全て、幻だ。  そして ── オレは、沼の畔に立つ。  雪化粧をしているそこは ── でも、一瞬。  そう。  あの夏の、緑の風景に見えた ── 。  懐かしい。  そして、オレが、けして入ることの許されなかった風景……。  それから、昨夜、電話越しに冬馬が言っていたことを思い出す。 『もし……もし、秋穂に会っていなかったら ── 』 「オレを選んだっていうのか?」  最後は言わせなかった。その言葉が想像出来たから。  そんなのは、何の意味もない。現実に、オレは選ばれなかったのだから。  最後まで言わせなかったのに。  それなのに。  聞こえないはずのその言葉は、この先、オレ自身の罪悪感と共に、オレを縛りつけることになったんだ。 **  ── あれは、オレへの罰だ。  己の浅ましさで、オレは永遠に冬馬を失ったんだ。親友としてもいられなくなったんだ。  オレは二年もの間、罪悪感を引き摺ってきた。今もまだ、引き摺っている。  そして ── これも、オレへの罰なのか?  今、眼の前にいる男が、オレを組み敷いているのも、オレへの罰なのか? **  大学四年の秋、初めて会ったと思っていた男は、オレをそれ以前から知っていたと言っている。  『初等部まで、聖愛にいたんだ』と。  いったい、これはどういう状況なんだ。  ハルはオレをどうしようというんだ。 「離せよっ」  オレはそう低く唸りながら踠いたが、強い力で両手首を押さえつけられ、動くことができない。  オレを上から見下ろしていた男は、己の顔をオレの肩口に埋めた。  何だ?と思った瞬間、首筋に痛みが走る。 「う……っ」  痛さに呻く。 ( 噛み……ついた……? )  そうかと思うと、今度は生温かいものが行き来し、ぴりぴりと沁みる。 ( 舐めてる……?────こいつ、ホントに犬だったのか……って、そんなわけあるかっ )  ハルの思いも寄らない行動。たぶんオレは今危機的状況にあるのだろうが、混乱し過ぎて妙な考えしか浮かんでこない。  踠く身体も完全に停止している。 「あんたを……ずっと、見ていたんだ」  そんな言葉が、熱い吐息と共に耳の中に流れ込んでくる。 「最初は、あんたの音を知った。誰が弾いているのかも分からないまま、毎日のように聴きに行ってた。暫くして、それがあんただって知って、俺は凄くびっくりしたよ。それまでは、派手で目立ってたあんたに少しの興味も沸かなかったけど、知ってからはあんたのことずっと気にしてた。聖愛の森の中で、辛そうに“あのふたり”を見ていたのも、知ってる」  淡々と語るのとは裏腹に、ハルはずっと強い力でオレを押さえつけている。オレはそれを黙って聞いているしかなかった。  ハルは、ふっとひと呼吸してから、今度は反対側の肩口に顔を埋め、また噛みつき、そして舐める。  

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