81 / 123

─ 6

 冬馬にさえ口に出して明かしたことのないオレの心の内が、どんどん暴かれていく。オレは酷く不安になった。今のオレの心を“守っているもの”まで、暴かれそうで。 「だった ── じゃないか、いなくなった今でも好きなんですね。忘れられないんですよね」  ぎゅうっと痛いくらいに手首を締めつける。 「橘オーナー、何処に行ったんです? Citrus のオーナーが急に代わっても、誰も何も言わない」 ( ダメだ……これ以上、言わせては )  オレは再度抵抗を試みた。どうにか、この手を外せないかと踠く。  しかし、痩せて体力のないオレには、どうすることもできない圧倒的な力で押さえつけられている。 「あの森の中にいた、もうひとりの人と一緒なんだ?」 「わからない。オレが橘家の別荘に行った時には、もう誰もいなかった。沼の傍に、血で汚れた包帯が落ちていて ── ふたりで沼に入ったのか、それとも、何処かで生きているのか。オレには全くわからない」  こんなことを言っても、ハルには何のことかわからないだろう。あの時の事件は、それぞれの身内しか知らない。  オレはオレ自身の“考え”を肯定する為に、それを口にした。  しかし。 「嘘だ」  ハルはきっぱりと否定した。 「はっ?」  オレはハルのその言葉に憤りを感じた。 ( 嘘?おまえに何がわかる ) 「さっき拾ったの、エアメールだった。日付けは二年前の三月」  出かける直前に、を見ていたのを思い出した。捨てようとして、やっぱり捨てられなかったもの。 「カメラが全く持てなくなったと言って、写真集を断ったのは、その後だ」  ハルが何を言おうとしているのか、想像ができる。 ( やめろっ。その先は言わないでくれ )  その言葉が口から出でこない。 「差出人はなかったけど、アレ、橘さんからですよね。あのふたりは、生きて ── 」 「やめろ……っ」  やっとのことで声になる。それでも、掠れた小さな声だ。  ハルは構わず続ける。 「ふたり、一緒にいる。あんたは、あの葉書を見ただけで、そのことを理解した。それなのに ── 。曖昧にしておきたかったんだ。相手のことは俺は全然知らないけど、橘さんの家の人は、あの人を探して ── たぶん、行き先を知っていて、あんたに伝えようとしていたかも知れない。だけど、あんたはそれを拒んだんだ」  この男は、なんて鋭いんだろう。オレは酷く驚いた。  全くその通りだった。  オレの体調を心配して、橘家の人はオレに伝えようとしていた。でもオレが今は聞きたくないと言って拒んだから、その後は天音や朱音に伝えたのだろう。  ふたりは折を見て話そうといていたが、オレはそれさえも拒んだ。暫くは誰の電話にも出ず、インターフォンにも応答しなかった。  そして、もう誰もオレにそのことを伝えようとはしなくなった。  

ともだちにシェアしよう!