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冬馬にさえ口に出して明かしたことのないオレの心の内が、どんどん暴かれていく。オレは酷く不安になった。今のオレの心を“守っているもの”まで、暴かれそうで。
「だった ── じゃないか、いなくなった今でも好きなんですね。忘れられないんですよね」
ぎゅうっと痛いくらいに手首を締めつける。
「橘オーナー、何処に行ったんです? Citrus のオーナーが急に代わっても、誰も何も言わない」
( ダメだ……これ以上、言わせては )
オレは再度抵抗を試みた。どうにか、この手を外せないかと踠く。
しかし、痩せて体力のないオレには、どうすることもできない圧倒的な力で押さえつけられている。
「あの森の中にいた、もうひとりの人と一緒なんだ?」
「わからない。オレが橘家の別荘に行った時には、もう誰もいなかった。沼の傍に、血で汚れた包帯が落ちていて ── ふたりで沼に入ったのか、それとも、何処かで生きているのか。オレには全くわからない」
こんなことを言っても、ハルには何のことかわからないだろう。あの時の事件は、それぞれの身内しか知らない。
オレはオレ自身の“考え”を肯定する為に、それを口にした。
しかし。
「嘘だ」
ハルはきっぱりと否定した。
「はっ?」
オレはハルのその言葉に憤りを感じた。
( 嘘?おまえに何がわかる )
「さっき拾ったの、エアメールだった。日付けは二年前の三月」
出かける直前に、それを見ていたのを思い出した。捨てようとして、やっぱり捨てられなかったもの。
「カメラが全く持てなくなったと言って、写真集を断ったのは、その後だ」
ハルが何を言おうとしているのか、想像ができる。
( やめろっ。その先は言わないでくれ )
その言葉が口から出でこない。
「差出人はなかったけど、アレ、橘さんからですよね。あのふたりは、生きて ── 」
「やめろ……っ」
やっとのことで声になる。それでも、掠れた小さな声だ。
ハルは構わず続ける。
「ふたり、一緒にいる。あんたは、あの葉書を見ただけで、そのことを理解した。それなのに ── 。曖昧にしておきたかったんだ。相手のことは俺は全然知らないけど、橘さんの家の人は、あの人を探して ── たぶん、行き先を知っていて、あんたに伝えようとしていたかも知れない。だけど、あんたはそれを拒んだんだ」
この男は、なんて鋭いんだろう。オレは酷く驚いた。
全くその通りだった。
オレの体調を心配して、橘家の人はオレに伝えようとしていた。でもオレが今は聞きたくないと言って拒んだから、その後は天音や朱音に伝えたのだろう。
ふたりは折を見て話そうといていたが、オレはそれさえも拒んだ。暫くは誰の電話にも出ず、インターフォンにも応答しなかった。
そして、もう誰もオレにそのことを伝えようとはしなくなった。
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