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「ふたりが一緒に沼に沈んだとしても、一緒に何処かで生きていたとしても、あんたは嫌だったんだ。だから、曖昧にしておきたかったんだろ」
「やめろっやめろっやめろっ」
自分の何処にそんな力が残っていたのか。ハルの手を押し退け、彼の口を塞いだ。
ハルは一瞬体勢を崩したが、オレの顔の両脇に手をつき直す。
「シウさんじゃない人とどっか行っちゃった人が、そんなに好き?二年も経っているのに?自分を壊してしまうくらいに ── 」
塞いだ手を振動させて、くぐもった声が零れてくる。かと思うと、掌に生温かい感触。ハルの舌が、掌から指先まで行き来する。
「う……」
怯んで力の緩んだ両手を、ハルの片手だけで纏めて掴まれる。
「だったら ── 俺がもっと、壊してやる」
そう低く唸り、もう一方の手で、ベッドの上に放ってあった紅紐を掴む。そして一瞬で、両手首を纏めてきつく縛られてしまった。
「ハル、いたい」
「あの人のことを好きなあんたを、全部壊してやる」
ぐっと身体を密着させてくる。今まで感じなかった彼の重みをもろに受けた。
腹の辺りに、布越しにもわかる、固く熱いものを感じる。
( こいつ……勃ってる? )
ハルの顔がすぐ間近に迫ってきた。
「ハル」と名を呼ぼうとして、それは彼の唇に塞がれ、呑み込まれていく。
一瞬、何をされているのか、わからなかった。少しかさついた感触がオレの唇に伝わる。数秒して、ハッと我に返った。
( なに……?キス、されてる……? )
その唇は、今まで荒々しさとは裏腹に、軽く合わされただけ。しかし、次第に力強く押しつけられるような口づけへと変わる。
唇の狭間から這い出た舌が中に入ろうと、オレの唇を舐めたりつついたりし始めた。
オレはどうにかそれを避けようと顔を背けたが、その度に追いかけてきて、何度も塞がれる。オレは苦しくなり、咳込んだ。
やっと、ハルの顔が離れる。
「シウさん、慣れてないんだ、キス。もしかして、初めて?」
オレの口許を濡らす、ハルのものなのか自分のものなのかわからない唾液を、ハルがその長い指で拭う。
( キス…… )
オレは不意に、あの別荘での出来事を思い出した。
オレは冬馬にキスをした。そして、彼も僅かにそれに応えた。
オレの、ファースト・キス。
「え、まさか、橘さんと……?」
オレの頭の中を読み取ったように言い当てる。驚いたようにも、合点がいったようにも見える複雑な表情。
「……1回だけ。オレからした。冬馬が放心状態の時に」
ハルが、ふうんと軽く鼻を鳴らし、「じゃあ、こういうのはしたことない?」と言って再び口を塞ぐ。
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