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 ノックをすると、すぐに扉が開く。オレの顔を見るなり、天音は気の抜けるような声で言った。  部屋の中に招き、「どうぞ」とソファーに座るように示す。  天音はオレの向い側に腰を下ろした。 「ふ~ん。やっぱり、君かあ。あの時に、嫌な予感はしたんだけど……」    天音はオレの隣に座っているハルをじろじろと眺めながら言った。はっきり聞こえる声で言っているくせに、言っている意味がこちらには全く解らない。  何処か胡散臭い笑顔。眼は全く笑っていない。  それに気がついたのか、ハルは居心地悪そうにもぞもぞと身体を動かした。オレはテーブルの下で、ハルの手の上に自分の手を、そっと重ねた。 「俺が一緒に行っていいんですか?」  ここに来る前、オレからの頼み事に、ハルはそう答えた。 「オレが、来て欲しい。ハルについて来て欲しいんだ」  オレは、自分が現実に向き合うところを、ハルに見届けて欲しかった。 「はい、どうぞ」  天音は一枚のメモ用紙をテーブルの上に置く。黒いペンで綴られている文字は、日本語ではない。 「フランス語?」 「もう、気づいているよね……うん、違うか。詩雨くんは、最初から知ってた、冬馬くんは死んでなんかいないってこと。あのコ ── 秋穂くんて言ったっけ。あのコと一緒にいる」  (ああ……っ)  そう声に出そうなのを堪え、オレは小さく息を吐く。  生きている。二人は一緒にいる。  もうだいぶ前から気づいていた。でも、認めたくなかった。  オレは、ハルに壊され、やっとそれを認めることができた。  そして、その真実を知る者に全てを知らされれば、自分の中でまだ燻っているものを、昇華できるような気がした。  だから、天音に会いに来た。 「僕と優馬くんは、別荘に行って、あの沼のところに立った時、すぐに解ったよ」  優馬は冬馬の弟で、別荘の鍵を持って後から追いかけてきた。 「僕たちが進んできた方向の反対側にも、二人分の足跡があった。どうして君が、あの沼の中にふたりが沈んでいる、なんて思ったのか ──」  オレは、秋穂の部屋で血まみれの壱也を見つけ、姿を消したふたりを橘家の別荘に探しに行った。建物の中には既に姿はなく、オレはふたりがよく過ごしていた沼に向かった。  白い雪の上に二人分の足跡と、水際に血に染まった包帯。  オレには ── それ以外、見えていなかった。 「詩雨くんは、昔から変わらないね。変わったように見せかけて、やっぱり根は変わってない。人見知りで、泣き虫で、気が弱い ── いや、そうでもないか。本当は強いのかな ── 自分を守る為の鉄壁の殻……見たくないものは、見えないという、強過ぎる意志」    

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