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「シウさん……似合ってます。その髪形」  すぐに言葉が出てこないようだった。驚いた顔に、少し嬉しそうな表情を滲ませ、ハルはそう言った。オレが髪を切った理由を察したのだろうか。 ( 夏生の言ったこと、間違いじゃないなぁ )  普段は無表情のこともまだ多いハルは、オレの前では色々な表情を見せるようになった。  驚いたり、ムッとしていたり。嬉しそうな顔。オレを愛おしいと、見る顔。  もしかしたら、他の人には分からないくらいかも知れない。だとしたら、オレの方もハルのそういう変化を気づけるようになったんだろう。  パリから鉄道で二時間半程のところにある街、アンジェ。天音に貰ったメモに書かれていたのは、この街の住所だった。  オレがまだ楽団員だった頃。演奏旅行でパリに来た時、この街に寄ったことがあった。家々の屋根がグレーで統一されたようなシックな街並み。  オレはこの街並みを写真に撮り、他の写真と一緒に冬馬に送った。冬馬はこの街の写真をけっこう気に入っていた。  ここに来るまで思い出せなかったくらい、遠い昔のこと。 (まさか……それで、この街を選んだとか?)  そんなことある筈ないかと、ゆるゆると首を振る。  ショッピングモールやアパレルショップが建ち並ぶ、アルジェの中心街を歩く。ショップのウィンドウを一つ一つ覗き込む。 「あ……これ……」  とある小さなショップの前で立ち止まる。ウィンドウから見える、小ぢんまりとした店内に並ぶ服たち。  ハルも隣に立って覗き込む。 「ああ……これは、橘さんですね」 「そうだな……」  冬馬は今、この街の、自分のものではないショップの一デザイナーだった。名を出すこともなく。  それでも、オレ、そしてハルにはわかった。そこに並ぶ服は、冬馬が生み出したものだと。 「冬馬だ。── これが、ほんとにアイツのやりたかったことなんだろうな。昔から良くデザイン画を描いていたから」   (ああ……でも)  秋穂をイメージした、儚くて繊細なデザイン。でも、今ここにある服たちは、オレが知っているものとは違う。  繊細さは残っている。  何て言ったら。  そう。透明だったものが、暖色系に色づいたような。そんな感覚。 「……入らなくていいんですか?」 「うん。見れただけでいいんだ ── 行こう」  それからオレたちはバスに乗り、アンジェ郊外へ。  一軒の家に辿り着く。  小ぢんまりとした可愛い平屋。木の柵で隣の敷地と仕切られている。家屋の手前に庭があり、樹木や花が植わっている。 「あそこが……」  少し離れた建物の陰から眺め、それからゆっくりと近づいていく。  木戸の前で立ち尽くしていると、不意にキキィというドアの軋む音。オレは慌てて隣の家の、大きな樹の陰に隠れる。  あとをついて来ているハルの眼は「どうして?」と言いたげだ。  自分でもどうして隠れてしまったのか。このまま出て行って声をかければいい。 「久しぶりだね。元気だった?」  と。  ── オレは、そのまま眺めていた。

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