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「早く行きなさい」
背中をぐいっと押されるような朱音の言葉に、オレは会場を飛び出した。冬馬に連絡を取ろうとしたが、出やしない。仕方なく、フロントに寄り、彼らが使用している部屋のナンバーを聞いた。
オレは、そこに向かって、今走り続けている。必死で。
「あのコが、どうにかなっちゃえばいいかな、なんて」
「もし、あのコがいなければ、って思うこと ── 詩雨くんにも、あるだろ?」
朱音に背中を押される前、意味深な笑みを浮かべ、天音が言った言葉。
その言葉にオレは、
「そんなわけ、あるかっ」
と答えたんだ。
どうにかなっちゃえば ── どうにかって何?
あのコがいなければ ── そんなこと思ってない。
走りながら、何度も考える。
( ……そう、思ってるよ……いなければ……って )
何処からか、悪魔の囁き。
( そうだよ、オレが行くことなんて…… )
こんなに辛いなら、秋穂も、そして、冬馬も、見捨ててしまえばいいんじゃないか。
それでも、オレは走るんだ。
何が起きているか、わからない部屋へ。
**
誰もいない廊下を走り抜け、半開きのドアの向こうへと飛び込む。ドアは後ろ手にきっちり閉めた。
部屋の中は、酷い有り様。
調度品が壊れて散乱し、気を失っているらしい壱也を、冬馬が殴りつけている。
「冬馬!やめろ!」
と近くで叫んでも気がつかない。
そして、隣のベッドルームでは、服は破かれ、傷つけられた秋穂が、ベッドの上で気を失っていた。
見ていられなくて、そっと、上掛けをかけてあげる。
( 天音くん、オレ、こういうのは望んでない )
再び隣の部屋に戻る。冬馬をなんとかしなくては。
「やめろっ、トーマ!これ以上やったら、死ぬからっ!」
どうにか冬馬を押さえようとするが、吹き飛ばされ、床にしたたか打ちつけられる。
「いつっ」
かなり痛みを感じたが、それでも立ち上がり、今度は二人の間に入る。
( やめろっ。もう、やめてくれっ。秋穂の為に熱くなるおまえなんて、見たくないっ )
誰の為でもない、自分の為だった。
オレの顔を殴りつけ、漸く冬馬は我に反った。
これが、この日あった出来事だ。
そして、これをきっかけに、オレたちの関係は変わっていったんだ。
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