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第3話

殆ど沈んだ夕陽と、徐々に目立ち始める月でさえ、街灯に照らされる賢とは比べ物にならないほどちっぽけだ。 俺は賢に恋をしていた。昔からずっとだ。きっかけなんてもう覚えていない。 前を歩く背中も、隣に並んだ横顔も、その時初めてわかる睫毛の長さも俺は知っている。 賢自身では見る事の出来ない部分だ。 例えば通りすがりの女の人が美人だったとして、わざわざ振り返ろうとは思わない。隣にはその何十倍も美しい賢が居るのだから。 例えば花火大会で何万発もの打ち上げ花火に皆が魅了されていたとて、俺は首を痛めそうになってまで夜空を見上げようとは思わない。隣にはその何万発をいっぺんに打ち上げても敵わない賢が居るのだから。 俺の初恋は絶対に叶わない。それでいいと思っている。 だって賢が恋をしているのは、この世のあらゆる自然にも絶世の美女にも風物詩にも負けない美しすぎる彼自身なんだ。 「ねえ真吾」 「ん?」 振り返って微笑む賢に澄んだ冬空も霞む。賢を美しく見せるための引き立て役になる。 「初めて真吾があんな風に情熱的に歌う所を見たよ。なんだか格好良くてボクびっくりしちゃったな」 「…へ?」 星空をも脇役にしてしまえる彼から飛び出したのは、全くもって予想外の言葉。 今までは「気が利く」くらいのものだったのに…俺を格好良いと言ったのは聞き間違いじゃないよな。 急激に顔に熱が溜まっていくのがわかる。 恥ずかしい台詞だらけの恋愛を歌ったあの瞬間、俺は無意識に頭の中で賢を浮かべていた。 そのせいもあると思う。いつもより気合が入って、諦めがちな高音も珍しくチャレンジして、結局息が持たなくて服の胸元をぎゅっと握ったところまで、全部賢に見られいた。 ああ、今が薄暗くて良かった。 真昼だったら不審がられるくらいには真っ赤になってるって自分でわかる。 「また一緒にカラオケに行こうよ。今度はボクと真吾の2人きりで」 「え、う…うん…わかった」 「ボクのナイトは頼もしいから安心だよ」 「…っ」 時折冬の冷たい風が、俺と賢の間を抜ける。 電車ではなく徒歩で向かうのは、勿論賢の家だ。俺が賢を家まで送るのは当然の事だが、この寒い中徒歩を選んだ俺に文句のひとつも言わないでいてくれる賢の優しさが嬉しくて堪らない。 ちょっとでも長く一緒にいたい。 そう願う俺に、賢は気づいているのだろうか。 「ま、でも一番歌がうまいのも輝いてたのもボクなんだけどね〜」 「っはは。そーだね、俺は賢には敵わない」 やっぱり付け足されたいつものお約束を、この先も是非続けていってほしいと思う。 改めてよく分かった。賢には俺が居ればいい。 賢を自宅まで送り届け、通った道を引き返す。何度でも脳内で再生される賢からのお褒めの言葉は、帰るまで俺をポカポカと温め続けた。 もうすぐ高校生活が終わる。賢は進学、俺は就職。 だが、ここで離れ離れになるつもりはない。俺はこの先も賢の傍に居続けられる。 奇跡みたいな求人を見逃しはしなかった。 『販売員(××大学内店)』 この先もずっと、俺は一生賢を手離すつもりはない。 fin.

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