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第2話

徒歩でも十分向かえる距離ではあるが、そこは電車通学4人組。ちゃっかり全員の定期の有効範囲内で場所を指定してくれた西野には頭が上がらない。 「ねえお兄さん格好良いね。ウチら今から暇なんだけどー…」 「どうも。タケシはこれから俺達と予定あるんで無理っす」 「え〜残念。またねタケシ君」 勝手に言ってろバーカバーカ。 「真吾?ボクはタケシじゃないけど…」 「いいんだよああいう奴に本当の名前なんか教えなくたって」 人混みでも構わず逆ナンしてくる女には呆れるし、そんな俺たちを見て呆れている西野と上田にはもっと呆れる。 わかってねーな。ああいう奴はしつこいから、どうせ全然引き下がらずに「せめて名前だけでも〜」とか言ってくるんだ。 長年賢の護衛ポジションをやっている俺にはわかる。 電車でも賢は目立っていた。 乗客は皆スマホでカモフラージュしながら賢を見つめる。黙ってさえいればマイナスのつけようがない完璧な賢に、全人類一度は一目惚れするだろう。 幸いこの時間帯はそう混み合っていない車内だが、これがもし通勤ラッシュみたいなぎゅうぎゅう詰めならまず間違いなく痴漢が大量発生する。 するとその時、近くで手すりに掴まっていたお婆ちゃんが発車の揺れでバランスを崩した。 周りの乗客がハッと息を呑み、例外でなく俺自身も冷や汗が吹き出たほんの一瞬の出来事。誰一人すぐには身体が動かず、どうか扉や手すりで頭を打ちませんようにと祈っていた中で、ただ一人だけ手を伸ばす男がいた。 賢だ。 「っと…大丈夫かい?」 「あらまあ…こりゃ親切にどうもねぇ」 即座に脇の下へ腕を回し、背後から抱きとめるような体勢で見事にお婆ちゃんを支えている。その光景を眺めていたサラリーマンと思われる中年の男は、慌てて立ち上がり席を譲った。 忘れてはいけない。賢は反射神経も抜群なのだ。 俺が望んでああいった世話を焼いているだけであり、本来賢は一人でも何不自由なく生きていけるだけのスキルは持っているし、こんな風に気も遣える。 人助けをするのも今回だけではない。雨の日には弱った子猫を拾って帰るし、ショッピングモールでは迷子の子供と一緒に親を探してあげられる優しさも持っている。 普通にめちゃくちゃいい奴だ。 「ねえ真吾、さっきのボク見た?世界一格好良かったよね?」 「うんうん。流石賢だよ」 「だよねぇ。あっでも世界一格好良いのは普段から同じだったね、宇宙にしておく?」 最後にコレがあるだけで。 全ての親切は賢にとって自分の素晴らしさをアピールする為のものだ。 女の子で稀にいる「アレ可愛いって言ってる私可愛い」的な思考。 賢ほどの身体能力が無ければ、辛うじてお婆ちゃんは助けられたとしても自分は隣のおじさんに突進するだろうし、最悪お婆ちゃんと揃って電車の床を這いつくばる羽目になる。賢だから出来た神業だと言うことを、俺たちが称賛するより早く賢が理解しているだけの話だ。 だってほら、俺たちよりずっと賢の方が頭の回転も早い。 無事お婆ちゃんを送り出し、その次が俺たちの降りる駅だ。改札を抜ければすぐに就職組の女子が揃って駆けてきた。 普段は何かと口うるさいのだが、今日ばっかりはきちんとお洒落してメイクも施している。そりゃそうだ、エリートイケメン「賢」がいるんだから。 ──賢は音感もリズム感もバッチリだった。入室して5分と経たず披露された甘い声とエッジの効いた低音、少し掠れて儚く響く高音からは、正直才能しか感じられない。 プロでも何でもない素人の歌に聴き惚れて泣きそうになるなんて、誰しもが経験出来る事じゃない。多分賢の歌でなきゃ無理だ。こんなつもり無かったのに、また新たな賢の才能を開花させてしまった。 いつ何処で魅惑のボイスが聴かれているかわからない以上、これからは歌唱関係のスカウトからも狙われる可能性がありそうだ。引き続き気を引き締めてガードを強化しないとな。 「マサル君〜っ、次コレ歌ってほしいなあ!」 女子は同じクラスの俺ら3人などそっちのけで賢に興味津々である。数回テレビで聴いた事があれば大抵の音程を記憶している超人は、さっきからアニソンからアイドルソングまで立て続けに歌わされている。 採点モードに切り替えたところで少なくとも90点以上は出る筈だが、100点以外は確実に泣き出すので勘弁してくれと、こればかりは予め西野に頼んでおいた。 いよいよ迫る退室時間。最後の歌い手はじゃんけんで決める。 運が良いのか悪いのか、こういう時に限って勝ってしまった俺の上手くもない歌を、賢は笑顔で聴いてくれた。 盛り上がりに欠けるバラードを選曲したにもかかわらず、膝に置いたプラスチックのタンバリンを小気味良く叩きながら。 「今日はありがとー!卒業まであとちょっとだけど、これからもよろしく」 「また学校でな〜」 結局、西野と上田は女子を釣るための餌にして、女子は歌の上手さを利用するだけして、誰1人として賢と連絡交換の一つもしないままお開きとなった。 これが賢の実態だ。 いくらスペックが高くても、自己愛の強さで何もかもぶっ潰してしまう残念で最強のイケメン。

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