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第2話 テディベア系男子の初恋(下)

それから数日後、僕に転機が訪れた。 季節外れの転校生が僕のクラスに入って来たのだ。 しばらく海外生活をしていたんだけど、お父さんの仕事の都合で日本に帰ってきたという帰国子女だ。 「うわ……天使みたい」 その天から舞い降りたかのような彼の名前は立花瑠衣(たちばな るい)くん。自己紹介によるとママがフランス人だそうで、髪の毛の色は栗色、目はグレーがかった明るいブラウンだ。 同じ歳とは思えないくらい華奢で背も小さい。 僕みたいな大きな太っちょが近寄ったら怖がられてしまいそう。そう思った僕は本当は話してみたかったけど、なるべく遠くから見るだけにしておいた。 しばらく経ってわかったのは、瑠衣くんはあまり日本語が理解できていないということだ。 それをいいことにいじめっ子達はわざとおかしな日本語を教えたりしてヒソヒソ笑い合っていた。 彼の特殊な見た目も相まって、以前は僕に向かっていた矛先が彼に向かって行ってしまったのだ。 先生に対して「お前」とか「~しろ」といった命令口調をあえて言わせたり、女子に悪口を言わせて笑ったりと下らない嫌がらせを繰り返している。 僕は彼と距離を置いて遠くから見るだけにしようと思ったことを後悔し始めていた。 せっかく海外から日本にやってきて、こんなことされるなんてあんまりだ。 だけど僕なんかが庇ったりしたら、もしかしてもっといじめられちゃうかもしれない…… そう思ってもじもじしていると、ある日いじめっ子達が瑠衣くんにまたおかしなことを吹き込んでいるのを聞いてしまった。 「次の授業で先生にこう言え」と指示ている言葉は下品で、とてもじゃないけどあの天使に口にさせるわけにはいかないと僕は思った。 その瞬間ドアから先生が入ってきて、瑠衣くんが立って口を開きかけた。 僕は我慢がならずガタッと席を立つとこう言った。 「もうやめなよ!」 教室中の視線が僕に集まった。先生もなんのことやら訳がわからずこちらを見ている。 やば、まずかったかな……? 瑠衣くんもポカンと口を開けて僕を見ていた。 「あ、な、なんでもありません……」 僕は怖くなって大きな体をなるべく小さく丸めるようにして席に着いた。 でも結果的にはこれでよかった。なぜなら、いじめっ子の標的がまた僕に戻ったからだ。 僕はそれからまた以前のように、大きな体をからかわれる日々に戻っていった。 でも、以前ほど辛くはなかった。だってそのおかげで瑠衣くんがいじめられることは無くなったから。 僕は勝手に自分が瑠衣くんのことを守れたような気になってちょっと鼻が高かった。勿論瑠衣くんはそんなこと気づいてもいない。でも、それでいい。 そんな僕の行いが良かったからか?ある日突然瑠衣くんと急接近することになった。 なんと、瑠衣くんのパパはうちのパパの会社の後輩さんだったのだ。 そんなわけで瑠衣くん家族がうちにディナーを食べに来ることになった。僕は学校以外で彼に会ったことがなくてドキドキした。 ソワソワしながら夕食を済ませ、ママに「子ども同士お部屋で遊んできなさい」と言われて僕は瑠衣くんを部屋に案内した。 「あ、あの……もし僕のことが怖かったら、遠慮しないでパパたちの所へ戻ってもいいからね」 「え?どうして怖いの?ちっとも怖くなんかないよ」 瑠衣くんはキョトンとした顔で僕を見た。 「こ、怖くないの?こんなに大きくて……クマみたいってみんな言うんだ」 「えー、そうなんだ?僕クマさん大好きだよ。ねえ、ぎゅってしてみてもいい?」 「ふぇっ!?」 今、なんて言ったの? 僕が混乱してるうちに彼は僕に抱きついた。その小さな頭が鼻先に近づいた瞬間、ふわんと甘い香りがした。 ママの爽やかなお花のような香りも大好きだけど、瑠衣くんはもっと可愛らしくてキャンディみたいなスイーツ系の匂い…… 僕は小さな体にぎゅっとされてるうちに段々ボーッとなってしまった。 すると瑠衣くんが僕の胸に頬を付けたまま言う。 「僕、テディベアを集めてたの。でも引っ越しするときに全部は持っていけないって言われて1番大きなのを向こうに置いてきちゃったんだあ」 ああ。僕、瑠衣くんのクマさんになってる……なんだか幸せ。僕、クマでよかった……   「克海くんっていい匂い。」 ーーーえ?いい匂いなのはそっちだよ。 「ねえ、この間僕のこと助けてくれたよね?ありがとう」 「え?気づいてたの?」 「うん。僕、意地悪されても気にしないでおこうって思ってたんだけど克海くんが助けてくれて嬉しかった。勇気があるんだね!」 「あ……そ、そんなんじゃ……」 僕はしどろもどろになったけど、内心有頂天だった。 あの時勇気を出してよかった! そして瑠衣くん家族が帰る際、僕の傍に駆け寄ってきた彼がこっそり耳打ちしてきた。 「ねえ、また今度ぎゅーしに来てもいい?」 明るいブラウンの目で見つめられて僕は何故か頬がカーッと熱くなるのを感じた。 「い、い、いいよ……!」 瑠衣くんが去っても熱っぽさは冷めずしばらく心臓がドキドキしていた。 もしかしてこれってパパの言ってた運命の出会いなのかも!? 思い込んだら一直線。パパ譲りの性格で僕は高嶺の花である瑠衣くんを守れる男になるため一生懸命頑張った。 ◇◇◇ そして高校に入学する頃には背丈もママを超え、横幅は縦に伸びて顔立ちもパパに似てスッキリした。 「ちょっとクマさんぽさは無くなっちゃったけど、カッコよくなった克海くんのことも好き」 瑠衣はそう言って相変わらず僕に抱きついてくる。 勿論僕も、瑠衣のことをぎゅーっと包み込んであげるのが何よりの幸せなんだ。この先もアルファの僕がずっとオメガの彼のことを守っていくって心に誓ってる。 こんな僕を見て両親は「ほらね、パパそっくり」って目を細めている。   〈完〉

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