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第1話——憧憬の犬歯にべっこう飴——

 「ったく、懲りずにたかってくるんじゃねぇよ、蝿どもが」と男たちに唾を吐き捨てる竜ヶ崎獅郎(りゅうがさきしろう)。患部を押さえながら痛みでのたうちまわる複数の男たちを見下ろす表情は、尚も険しいまま。  竜ヶ崎の通う高校が最近男子校から共学に変わったが、依然として他校から竜ヶ崎目当てに挨拶をしに来るチンピラも少なくない。それは放課後に竜ヶ崎によって、複数の男たちが地面に倒れ込み、痛みで顔を歪めているからに他ならない。  学校の内外で「狂犬」と若干恥ずかしいあだ名で呼ばれていることを竜ヶ崎本人が認知していないことが唯一の救いといえる。 「道端の草むしり、終了。行くぞ、ゆづ」  そう言われて、ひょっこりと死角から顔を出す三浦弓月。「相変わらず早いねぇ」噂だけが先行し、恐怖を忘れて来るチンピラに弓月は憐れみを感じずにはいられない。  地面で伸びている男たちより数段華奢な弓月が現れても、男たちは手を出すことは叶わない。「いつもの、あるか?」と殺気を引っ込めた竜ヶ崎が弓月に手を差し出す。  弓月は今まで気を張っていたと言わんばかりに一息ついて見せ、「あるけどさぁ。何でド金髪頭のピアス野郎にべっこう飴をやんなきゃいけないのさ。俺、毎回この瞬間複雑なんだよ」と文句を垂れる。だが、差し出される手の上には六角形の素朴なべっこう飴が二つ。 「重労働の後には甘いモンで糖分補給しなきゃだろーが」 「何もべっこう飴じゃなくて良くない?」 「何なら砂糖を直接食ってもいいんだけど」 「ごめんなさい。加工された純朴なべっこう飴で勘弁して」  ここで白旗を上げる弓月に、竜ヶ崎はふは、と柔らかい表情を見せた。先刻まで複数の男相手に、狂喜乱舞していた男とは思えない綺麗な顔だった。  そんな竜ヶ崎に「俺も参戦してればもっと早く片付いたと思うんだけど」とあまり意味のない見栄を張る。二人は幼馴染みで高校も同じなのだ、気心知れた仲だからこそ見栄を張っていたいという弓月なりの意地だ。  その意地に気付いているのか否か、「はぁ? ゆづがチンタラしてる間にいつも終わってんだよ」と刺しても痛くない棘を刺す。 「へいへい、その通りですよーだ」  伸びた男たちを尻目に竜ヶ崎の隣に並ぶ弓月は、拗ねてそっぽを向きながら歩く。その間に、べっこう飴の包みを開けて二つとも口に放り込んだ。 「お前まで暴れたら、俺の大事な糖分たちが地面に落ちて、踏んだら粉砕しちまう。だから、お前の出る幕がないように俺がささっと片付けただけだ」  そう言って弓月の艶を帯びた黒髪をくしゃくしゃに撫でる。 「……べっこう飴なんてババくさいもん好きだって、学校の女子に言いふらそ」 「最近共学になったばっかの俺らの学校に、女なんてあんまいねーけど」  口に入れて僅か数分足らずで、べっこう飴が竜ヶ崎の犬歯で砕かれている。 (こんなに強いシロがべっこう飴を噛んでるところさえカッコいいなんて)  弓月は隣を歩く狂犬に、憧憬の眼差しを向けずにはいられなかった。

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