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第5話

 「弓月君ー! お昼一緒に食べよ!」と元気よく他クラスに入ってくるのは、この間知り合いになった菊池百合だ。しかも、ほぼ毎日こうやって無遠慮に入ってくる。  肝が据わっているなと思いつつ、そこまでの度胸がなければ、そもそも竜ヶ崎を狙わないだろうし授業をサボってしけ込まないかと、やけに納得がいく。  そんな菊池のおかげとも言うべきか、この前は竜ヶ崎に機嫌を損ねられて、一瞬だけ肝が冷えた。和洋折衷の時代に、クッキーの甘い匂いを受け付けないとは、時代錯誤の頑固ジジィと変わらない。 「じゃーん、今日は和食オンリーのお弁当にしてみました!」  弁当を広げにこやかに話す菊池は、今や学年中から注目の的になっている。いわば「学年のマドンナ」的存在にまでポテンシャルを開花させた。  その菊池が弓月の前の席を毎回使うものだから、クラス中からは羨望の眼差しと、菊池と交流を図る男たちが二人の空間に次から次へと割り込んでくる次第だ。  「菊池さんって本当に料理上手なんだな」という褒め言葉がクラスの男から発せられるくらいには、毎日違う種類のおかずを作って来ている。男たちの意見には弓月も賛同する。 「ふふ、ありがとう。こうやってみんなと分け合って、美味しいって食べられる時間が楽しくって、ついつい張り切っちゃうの」  百点満点の回答をする姿は清楚なお嬢様そのものだ。  「ささ、みんなに取り分けるから、欲しい人教えて!」と割り箸と紙皿を用意して仕切る菊池。それにわらわらと集る男たちもすっかり菊池の虜である。  そして、弓月の分もよそわれた紙皿を手に、「弓月君のはちょっとだけ特別」と耳打ちをする菊池は、若干頬を紅潮させている。 「あれ? 弓月君、その指先……手荒れ? にしてはキズだらけね」  弓月の手先に目が行ったのか、弓月の手を掬い取ってまじまじと観察する。「それに、人差し指と親指だけ」。 「これね、この前シロに咬まれたの」  その答えに素っ頓狂な声を出す菊池。「咬まれたって、指を?!」。 「そうそうー、飴を持った俺の指ごと。そんで飴だけ噛んだって感じなんだけど、鋭利な破片で指がこんなんになったの」  「それよりも、こうなったのはシロが甘党なのに偏屈モンでさぁ。その時匂ってた甘い匂いが気に入らなかったからっていうことに驚きよ」と強がってみるが、幼馴染みでさえ牙を向けるかもしれなかった記憶はなかなか薄まらない。 「あ、シロのこと……まだ気にしてるんだったらごめん。傷に塩塗ってしまったよね」 「全然気にしてない! 寧ろ、幼馴染みってことの方が未だに意外」  「それに、あの凶暴な竜ヶ崎と今でも幼馴染みやれてるって、もしかしてあの噂もあながち間違いじゃないのかもね」と菊池が言うと、それが口火を切った形で周りの男たちも話題に参加する。 「あーそれ、俺も思った。最近、竜ヶ崎を飼い慣らしてる奴がいるってヤツな」 「しかも、竜ヶ崎を従えるだけの強さもあるらしいし、ソイツがやるより竜ヶ崎一人で事足りてるっていう」 「……俺を見ないでよ?! 俺の方がシロの金魚の糞だから!」  弓月は肩を窄めながら懐疑を口にする。「そもそも俺は去年もシロと一緒にいたのに、なんで今更そんな噂が立つんだ?」。 「現に、こうして咬みつかれてちょっと怪我してんのに、飼い慣らす人間がいたとしても、それは俺じゃない」  ここまで述べれば菊池を含め、周りの男たちも納得の息を漏らした。 「——いや、確かに俺じゃないって言ったの俺だけど、そんなにすんなり納得されると複雑なんですけど」 「そりゃ、三浦から強さを感じねぇからだよ。今年のクラス替えでお前の名前を初めて聞いたくらい存在感なかったし」 「え? 今俺、罵られてる?」 「逆にこっちが聞きてぇくらいだよ。どうやって不良が多く混じったあの男子校時代を生き抜いて来たんだ」  弓月はバツが悪く皆からの視線を逸らしながら、「そりゃ、シロの金魚の糞をしてたから、実害は免れてたっていうか、なんていうか……」とどもる。  これには、菊池も「正真正銘の、だね」と笑った。嘲るような笑いではない、からかう笑い声が菊池から男たち、ついには弓月にも伝播して笑った。

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