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第7話——裏番「三浦弓月」——

 弓月は最近、学校内で居心地の悪さを感じ始めていた。教室では弓月と竜ヶ崎の間柄を知る者が多く、変な視線は感じはない。——尤も、今では金魚の糞だと時々からかわれるくらいだが。  しかし、教室から一歩出れば、異質な視線が弓月に向けられる。どうやら、菊池らが言うには、竜ヶ崎を飼い慣らしている「裏番的存在」だと畏怖の念を抱いているらしい。  竜ヶ崎は誰にも平伏せず、群れず、一匹狼として学校内外でも名高い。  だが、唯一隣にいるのが三浦弓月という名前が最近になって浮上し、その上、その存在に今まで誰も気付かなかったという安直な根拠で「裏番説」がまことしやかに囁かれている。  かと言って、弓月に直接何かアクションがあるわけでもない。  そして、噂のことを知らないのか、好奇な目に晒されている弓月と共に、堂々と道の真ん中を歩く竜ヶ崎は通常運転だ。 「ゆづ。どうした」  登校する足取りが重くなっていたようで、竜ヶ崎が前で弓月の歩みを待つ。  「ご、ごめん。ぼーっとしてた」と弓月は竜ヶ崎に数少ない気遣いを見せる。 「……ほら、早く来い。行くぞ」  背広で語る竜ヶ崎に魅せられて背中を追いかければ、また、金魚の糞へと成り代わる。 (裏番って言われてるうちが華かもな。どっからどう見ても俺がシロの子分か使いっぱだ)  玄関先まで着いた頃、竜ヶ崎が今日何度目かの口を開いた。「昼、一緒に食うぞ」。  「えっ?」と間の抜けた声を出している間に、竜ヶ崎は流れ作業で上履きに履き替える。 「……今日、女いねぇんだよ」 「——あー! 俺を穴埋めに使ってぇー」 (何……ちょっとガッカリしてんだよ、俺)  「迎え行くから、教室で待ってろ」と言い残して、一人行ってしまう竜ヶ崎。取り残された弓月は、足早に教室へと向かった。  教室へ入ると、そこはアットホーム。 「お、S校裏番のお出ましだー」 「いやいや勘弁してよー! ここではフン呼ばわりしてるくせにー!」  「今日も変な目で見られてここまで来てさぁ。居心地悪いのなんのって」と世間話ができるくらいにはクラスメイトに安心を覚える。 「変な目で見られるだけならまだマシじゃね? 共学になってまだ日が浅いし、少数の馬鹿共は竜ヶ崎を越える人間ってことで腕試し感覚で絡んで来るかもしんねぇし」  それを聞いて身震いを起こす弓月に、「こんなんが裏番なんて有り得ねぇって!」と笑い飛ばした。 「竜ヶ崎の強さに裏があるとでも思いたい連中が、勝手に作り上げた幻想だ」 「でも、絡まれないとは言い切れなさそうだし、一応鍛えるくらいはしとけよー」  すっかり打ち解けたクラスメイトに「ご忠告どうもー」と肩を落としながら返答し、間もなくして授業が始まった。  あっという間に昼時を迎え、菊池の入室も当たり前になっていた。「弓月君! ご飯一緒に食べよー」。 「あ、百合ちゃん今日は先約があるんだ。ゴメンね」  「そうなん? 三浦。じゃあ三浦抜きで俺らと食おうよ」とクラスメイトは菊池に声をかける。  その時だった。「ゆづ。行くぞ」竜ヶ崎の単調で低い声が教室を一瞬にて静まり返らせる。 (空、空気が張り詰めてる!)  緊張が走る空間に居た堪れず、弓月はすぐに竜ヶ崎の元へ駆け出した。「そういう事だから、じゃあね、百合ちゃん!」。 「シロー……強すぎるのも考えものだな。次用事がある時は俺が迎えに行く事にするよ。皆萎縮しちゃう」 「……是非そうしてくれ」  弓月は見上げると、弓月の肩を組んだ竜ヶ崎はニヒルにほくそ笑んでいた。

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