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第10話

 竜ヶ崎は弓月と菊池の接触を明白に嫌がってから、校内でも弓月を呼び出す頻度が増えた。昼時は菊池が弓月の元へ来るより先に迎えに上がり、放課後も誰より先に弓月を呼ぶ。  明らかに菊池が弓月と接触する機会が激減している今日この頃——帰宅途中の竜ヶ崎と弓月へ久方ぶりに思える来客が訪れた。  弓月が身構えるより先に、「ゆづは相手する必要ない」と相手を煽りながら弓月を竜ヶ崎自身で隠す。それから、来た道を戻り途中の通りで待ち合わせるよう口裏を合わせた後、竜ヶ崎は相手の言い分も聞かずに襲い掛かった。   普段なら相手から来ない限り手を出して来なかったが、今回ばかりは勝手が違うらしい。  竜ヶ崎の邪魔になるようなことになれば、負ける。何の戦力にもならない弓月は、言われるがまま一心不乱に来た道を走る。頭の片隅には、負け姿を見せまいとしている信長的な背中を思い浮かべながら。 (今までだって数的不利なんかものともしなかった。けど、今回は俺を逃がした)  「それだけ余裕がないってことか」と思わず口走る。  待ち合わせた場所に到着しても焦燥感と不安は付き纏い、弓月は立ち止まることなく右往左往する。体感時間はとっくに三十分を過ぎている。  しかし、弓月の心配とは裏腹に、ものの十数分で竜ヶ崎も弓月のところに合流した。弓月が竜ヶ崎の姿が見えてすぐ彼の元へ駆け寄ると、「飴、くれ」と通常運転の竜ヶ崎がいた。 「もう! 何か感想とか説明とかないわけ?!」  相変わらず表情の乏しい竜ヶ崎に、説教じみたことを言いながらべっこう飴を取り出す。 「説明……ちょっとだけいつもより数が多かったから、念の為逃した」 「それで? 勝ったの? ——ごめん、愚問だった」  竜ヶ崎の微笑が答えだ。無論、然程乱れのない制服を見れば、一目瞭然なのだが。 「今回はなんていちゃもんつけられて……あ、今回はシロから手を出してた」 「ああ。たまには発散にやるだろ。女以外でも」  そして、竜ヶ崎は受け取った飴をすぐに噛み砕き「俺、イイ子じゃねぇから」と言った。 「っ、俺にもそうやってストレス発散させる日が来たら、俺だって黙ってやられるつもりねぇからな!」  「フェアだ!」と息巻く弓月に、竜ヶ崎は否定も肯定もしなかった。 「ゆづがこれからも変わらずに居てくれるなら、んなことしねぇって」  意を決して竜ヶ崎への恐怖と向き合ったが、その次に返ってきた言葉に違和感を覚えた。難しいことを言われたわけではないのだが、どうしてか嚥下できない。  その原因がよく分からないまま、二人は別の道から帰宅した。  それから二週間程度、かわるがわる竜ヶ崎を狙って他校からの来客が増えた。こうも毎日来客があると、いくらカリスマ的な竜ヶ崎であっても疲労は蓄積されると思われた。  しかし、それは杞憂と思わざるを得ないほど、竜ヶ崎が絶好調だ。  昼休みには弓月が竜ヶ崎を迎えに上がり、屋上でゆったりとした時間を過ごす。  あまりに毎日次から次へと刺客のように現れるチンピラに慣れた竜ヶ崎が「今日は何人来るんだろうな」と余裕たっぷりな疑問が投げ掛けられる。  「そう言われても、最近は毎回俺を先に逃がすくせに。なんだかんだギリギリなんだろ?」と竜ヶ崎を少し煽る。 「ギリギリなら張り合いあるんだけどな」 「……相も変わらず綺麗なお顔で」  「ハハッ、そりゃどーも」と弓月の煽りも意に返さない竜ヶ崎。  大人の対応をされて少しむくれた弓月は、さらに子供の悪戯として、竜ヶ崎にあげる専用のべっこう飴を鞄から取り出して弓月が口に入れた。「最後の一個、もーらい」。 「ったく、俺を怖がるくせに、そういうことするところは今も昔も変わらずだな」 「兄貴面して、一人っ子のくせに」 「ゆづこそ、末っ子みたいなことするくせに」  大きな竜ヶ崎の掌が弓月の頬を覆い、それから「ゆづが弟だろうが幼馴染みだろうが、これが傷付けられたら敵わなねぇよ」と言って、今度は頬を餅のように伸ばした。

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