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第9話
「そ、そお? じゃあ、いつものをまた買い足しとくよ」と余った手をわきわきさせて動揺を紛らわす。これが裏番と噂される弓月の実態だ。
「……なぁ」
「う、うん!?」
「ゆづ、もしかして少し太った?」
「へぁ?!」
弓月の腹を摩りながら、「なんか腹が少しだけぽっこり」と今度は腹に顔を寄せる。
次いで、当たり前のように腹に耳を当て、いもしない生命の鼓動を聞いている。
「ちょ、シロ! それは流石に恥ずかしい!」
思わず竜ヶ崎を制止すると、下からのアングルで弓月を見上げる。見慣れない光景で余計にドギマギする弓月。睫毛が長いとか、鼻筋が通ってるとか、薄い唇がカッコイイとか、見飽きるほど竜ヶ崎の顔を見ていたのに、改めて整った顔だと思わされる。
「まぁ、腹が出てもそれでいいか」再度弓月の膝に戻るが、腹を摩り続ける。
弓月は八の字眉を作って「そんなに気になる? もしかして結構腹出ちゃってる?」と本気で気にし出した。
「俺は気にしてない。言ってみただけだ」
「気にしてないってもう遅い! 俺が気になって来たじゃん!」
「何が原因だ? あ、百合ちゃんがたくさんお弁当作って来てくれるから、俺も思わずたくさん食べるから……?」と独り言をつらつらと口にする。
すると、摩っていた竜ヶ崎の手が止まる。「あの女……どこまでも臭ぇ」。
「臭い? 百合ちゃんはシロに泣かされてたから俺がフォローして、刺されないよう阻止したんだよ。彼女ももう吹っ切れてるみたいだし、シロに未練はないっぽい」
「だから、安心して! 誰にも危害を加える心配はないし」と親指を立てて竜ヶ崎に安心を促す。
「んなことどうでもいい」
「はぁ? 俺のフォローはありがた迷惑だとでも言いたいの?」
「そうだな」
弓月が沸々と怒りを沸かせていると、竜ヶ崎は弓月から離れて座り出す。そして、「俺は女だろうがなんだろうが、気に入らねぇ奴、喧嘩吹っかけて来た奴は誰でも潰す」と顔色一つ変えずに言ってのける。
続けて「それが、いくらゆづの気に入った女でもな」という竜ヶ崎。憎々しさたっぷりの声色で、弓月はまた、いつかの恐怖を呑み込んだ。
(狂犬を飼い慣らす奴がいる? そんな野郎は実際はどこにもいない。いるのは、幼馴染みでもまともに喧嘩もできない不良ぶってる弱腰の俺がいるだけ……)
竜ヶ崎のことは昔から知り尽くした相手なのに、恐怖で身動きすらできなくなっていた。それでも弓月は竜ヶ崎と対等でありたいがために、振り絞って声を出す。「それは俺でも、潰すってこと?」。
この一言に、竜ヶ崎は「ゆづのことは気に入ってるから、今は潰さねぇ」と喉元に何かが引っかかるような含みをもたせる。
「今は、か。冷徹なのな、シロ」
「潰されねぇように、ゆづも警戒してろよ」
「本人が言うことじゃないっつーの」
「俺も言いたかねぇよ、こんなこと」竜ヶ崎は嘆息をひとつ漏らすと、弓月をゆっくりと抱き寄せた。
「俺も俺を止めらんねぇんだよ。だから、俺より強くなることをおすすめする」
「校内一番の暴れ馬を飼い慣らせる騎手なんてそこら辺にはいませんけど」
「裏番なんだろ?」
「肩、強張ってるけど」と痛いところを突きながら、尚も抱き寄せたままの竜ヶ崎。
竜ヶ崎の指摘に、また強がりを見せて「うるせーやい」という。これが今の精一杯だった。
それでも、弓月も抱き寄せられた腕を自ら解こうとは思わなかった。
「でも、シロ相手にビビらないでいられるようになりたい。フェアになりたい……」
それには竜ヶ崎も「俺もだ」と優しく言った後、抱きしめる腕に力が込められた。
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