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第12話——セーフティモード、解除——

※ここから暴力表現を含みます。ご注意ください  弓月は落ちた気分のまま帰宅する。とっくに自宅に着いているだろう竜ヶ崎に、今は縋りたい。ゆっくりと帰路に着いていると、「あれぇ? これ、噂の弓月君じゃね?」と後ろから声をかけられた。  そして、振り返り様に重たい一発を貰う。   持続する鈍痛に見舞われ、口内もすぐに鉄の味が広がる。 「騒ぐな。黙って来い」  後ろ手にした手首を結束バンドで簡単に拘束された。弓月の手首が細く簡単に拘束できてしまい、相手も若干引いて「コイツがマジであの三浦弓月なのかよ」と怪訝そうにこちらを睨め付ける。  しかし、弓月の名前を認知していると言うことは、勿論、竜ヶ崎関連で巻き込まれた可能性が高い。だが、どうもおかしい。  竜ヶ崎本人はどうしていないのか。もしかして、数的不利で苦戦——否、負けて痛めつけられているのではないか。  竜ヶ崎の状態を確認してからでないと動けないと感じて、この場の流れに身を任せる。それから、大人しく拘束されると、首根っこを掴まれて連行される。 (早く、涼しい顔で来てよ……っ!)  弓月の懇願虚しく強制連行された先に、善戦する竜ヶ崎がいた。ただし、弓月が思っている倍の人間が竜ヶ崎一人を相手にしている状況だった。 「シロ!!」  弓月の声に竜ヶ崎が反応する。だが、すぐに見開いた目が据わっていき、「ブッ潰す」と唸るようにいう。 「よぉ竜ヶ崎。さっきぶり。俺のダチと遊んでくれてるとこ悪ぃんだけどさぁ、あの三浦弓月ってこんなひょろ助のことだったんだな。俺も噂に振り回されたもんだわ」  「ま、どうせお前がでっち上げたハッタリだとは思ったぜ。だって、コイツ全然抵抗しやがらねぇの。喧嘩の仕方くらい教えとけよ?」下卑た笑みが弓月の耳元に届く。  そんな野郎が弓月の耳元で話す声も、いやらしい笑いも、弓月は不快だった。不愉快だった。  「岡田……今すぐ殺してやるから待ってろ」の一言を皮切りに、完全にギアを全開にした竜ヶ崎が周りの有象無象たちを蹴散らしていく。まるで、アクション映画を見ているような体の使い方をする竜ヶ崎。  それを見た岡田は舌打ちをして、「やっぱ数あっても難しいか」と苦虫を潰したような顔をする。  弓月は今だと思った。  拘束された手首を自身の腰に打ちつけて、結束バンドを一気に切った。それから岡田に振り返って、左足を軸に右足で岡田の股下から思い切り狙い蹴りする。  岡田は声にならない声で悶えた後、「卑怯モンがぁぁっ!」と戦いのゴングを鳴らしたように叫んだ。  急所を男の力で蹴飛ばされたのにも関わらず、少しの悶えで済んだことに若干の焦りを感じる弓月。だが、同じ戦場に立ったら日和った方の陣が窮地に立たされる。それを理解していた弓月は、奮起して臨戦体勢をとる。  竜ヶ崎ほどではないが、大柄の男が弓月に殴りかかる。大胆な大振りの中を、小柄な弓月はしゃがんで避け、接近した岡田に再度金的をお見舞いしてあげる。 「……あんまし調子こいたことやってっと、俺も手段選ばねぇぞ」  今度は唇を噛んで痛みに耐えた岡田。急所以外は傷一つない丈夫な体をしている岡田の胸ポケットから果物ナイフを取り出した。前時代的でベタな展開だ。 「っおいおい、昭和のツッパリ映画かよ」  「ゆづ! 煽んな!!」と切羽詰まった竜ヶ崎の声が微かに聞こえる。  しかし、こちらの状況も切羽詰まっていて、正直煽っていなければ弓月の正気が保てない。弓月は素手。そして、力の差も歴然。なりふり構わない岡田に、恐れ慄いている場合ではないのだ。  岡田は金的を食らってから、果物ナイフを取り出してすぐに斬りかかって来る。常用しているらしいそれを、先程の大振りから一転、弓月に合わせたサイズ感で刺してくる。  何とか回避し続ける防戦一方の弓月に、ニヒルな笑みを見せながら「あら? 多少は竜ヶ崎に教えてもらったのかな?」と岡田は笑う。 「でも、噂ほどの強さも警戒心もないな」  少しでも集中を切らせば、向かってくる鋭利な刃が弓月の肉を刺してくるだろう。岡田の戯言に付き合う暇はなかった。 「スキだらけっ」  ——先方の刃にばかり気を取られていたのが隙だった。 「ゆづッ!!!」  竜ヶ崎の声が届いた頃には、弓月の後頭部は警棒に似た、だが決して細くない鈍器で殴打されていた。

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