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第13話

 後頭部から側頭部にかけて受けた打撃が、顳顬(こめかみ)から伝う鮮血となって表れる。同時に脳震盪を起こしかけた弓月は、その場に立っていることができず、崩れるように地面に倒れた。  その後、弓月には慟哭のような叫び声が微かに聞こえたが、そこで弓月の意識は途切れることになる。  それからどのくらいの時間が経ったのか、弓月の意識が浮上した時、そこに広がる景色——一人の暴君の足元に転がる有象無象たちだった。  決して広い場所ではないだけに、転がる人間の密度が高く、所々では人間が重なって伸びている。  弓月を此処へ連れてきた岡田と、後ろから隙を見て殴打したと思われる男は特に酷い惨状で、呻き声を上げながら痛みにのたうち回っている。すぐに体を起こせない弓月は、暴れ狂う竜ヶ崎の背中を見つめることしかできない。  そして、有象無象の一人の胸ぐらを掴み、「弓月に近づけばこうなることを他の連中にも言っとけ。いいな」と念を押している。完全に恐怖で縮み上がった男は、壊れた玩具のように首を上下する。  竜ヶ崎は痛みで尚も立ち上がれないでいる岡田に馬乗りになる。 (シロ……? それ以上は)  弓月の危惧した通り、竜ヶ崎は下敷きになっている岡田を殴りつけた。既に顔面骨折をしているかのようにぼっこりと腫らした顔面をしているが、竜ヶ崎に情けは感じられない。  さらに、力の限り殴りつけるためか、竜ヶ崎は息を短く吐いて瞬時にパンチを繰り出す。  もはや為す術の無い岡田は、殴打を受け入れている。  漸次、双方に息切れを起こし、竜ヶ崎の暴力が止んだ。しかし、今度は無言で立ち上がり、弓月を後ろからやった男を見下ろす。  弓月は竜ヶ崎を見て、分かった。今度は男を足蹴にして内臓破壊でもやりかねない。 「シロ……シロ……っ」  蚊の鳴くような声で竜ヶ崎の制止に入る。だが、当然の如くこの異常な状況で竜ヶ崎の耳に届くことはない。  弓月は自らが立ち上がり、竜ヶ崎を止める以外方法はないと思い知らされる。  鈍痛が尚も引かない頭を叱咤しながら、地に這いつくばり匍匐前進(ほふくぜんしん)する。同時に竜ヶ崎へ声をかけ続けながら。「シロッ……これ以上する必要ないってば……俺はピンピン、してるから。シロ!」。  弓月の必死な呼びかけにも竜ヶ崎に届くことなく、足を男の腹部に振り下ろす。筋肉に力の入っていない男はダイレクトに竜ヶ崎の踏み付けを受ける。鳩尾を集中して狙われ、押し潰される胃からは中に残っている嘔吐物が胃液と混じって出てくる。  ほぼ無抵抗の男に、容赦のない行為を繰り返す竜ヶ崎。  それでも腹の虫が治らない竜ヶ崎は、男をうつ伏せにして片腕を持ち上げ、上腕三頭筋と三角筋(肩から肘裏の筋肉)の間を押さえながら内側に思い切り引っ張った。男の肩はゴキ、という鈍い音と共に関節が外れたようで、断末魔のような叫び声をあげて失神してしまった。  盛大に舌打ちする竜ヶ崎に、多少の罪悪感もない。「こんくらいでくたばりやがって」 「シロッ! もうやめて」  男の関節が外れる前に止めたかった弓月は、身体の回復の遅さに歯噛みする。そんな弓月の感情とは裏腹に、竜ヶ崎は岡田にも同じように関節を外した。手慣れた様子で冷徹にやってのける竜ヶ崎に、寸分の迷いも感じられない。  弓月は竜ヶ崎に対して時折感じていた恐怖を払拭する。そして、這いつくばるのがやっとな身体に鞭打って、必死の思いで立ち上がった。少し先には、岡田の持っていた果物ナイフを拾い、再度馬乗りになる竜ヶ崎がいる。  よろめきながら、しかし、確実に歩を進める弓月。  「ゆづに手を出したお前らだけは……」竜ヶ崎はナイフの刃を岡田の首元に添える。 (後少しで、届く——)  フラついても弓月は手を伸ばして、竜ヶ崎に触れようとする。  一方、竜ヶ崎はじりじりと深く、動脈を狙ってナイフを引いていく。 「や、おいっ、やめろよ、おい、おいおいおい! やめろぉぉぉ!!」 「シロ! お願いだから気付いて!」  腹から竜ヶ崎へ向けた声。そして、弓月の指から全身を使って竜ヶ崎を包み込む。「もう、シロ。やりすぎ」硬直したようにガチガチにナイフを握る手に、弓月の手も添えた。  ゆっくりと弓月に視線を移す竜ヶ崎に「やっと俺の声が届いた」と、ここで初めて竜ヶ崎の中で弓月の声が「肉声」となったことに安堵感を感じた。

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