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第14話

 「止めるの遅くなってごめん」弓月は硬く握りしめられているナイフを持つ手を優しく触る。すると、だんだんと局所的だった視野が広がる竜ヶ崎が「ゆづ? ゆづ!」とこちらも優しく弓月を包んだ。  岡田に馬乗りだった竜ヶ崎の胸に埋められる形で抱き締められる。弓月から表情は見えなかったが、竜ヶ崎の腕から指先まで小刻みに震えていた。 「良かったね。人殺しにならなくて」 「ゆづ、ゆづ、ゆづ。ああ、ゆづ——!!」  弓月の後頭部を優しく撫でたらしく、粘着質な音を立てながら竜ヶ崎の掌に浅黒い血が付着する。  弓月も正気を保つことで精一杯で、実のところ、優しく触れられた患部は痛みで気が狂いそうである。 「シロ。大丈夫。切れてるだけ」 「でも、お前、しばらく倒れて——」  落としたはずのナイフを手に持ち、「ちょっと待ってろ」とすぐそばで横たわる岡田に視線を移す。  弓月はすかさず「だったら、ソイツをけちょんけちょんにする前に、病院に連れてって。結構痛い」と微笑む。 「それに、もう散々やったでしょ」  「これ以上は、俺とシロが幼馴染じゃいらんなくなる」と自分で言っておきながら、また違和感を感じる。 (あれ? 犯罪者になるシロとは幼馴染じゃいられないってことか? 幼馴染みでいるだけなら、シロがどんな人間になろうとそれは変わらないはず。ん? )  「——あ」閃きが声に出る。  竜ヶ崎も弓月の説得と怪我の状況を見て納得してくれたようで、弓月の頭部を動かさないようゆっくりと横抱きにする。  同時に頭部とは関係のない胸部に苦しさを覚えた。そして、ようやく理解した。 (好きになるから、か。俺のためにここまでされると、幼馴染みじゃいられなくなるのは、俺の方)  思い返せば、シグナルは要所要所で出ていた。菊池を手酷く振った後に未練があると勘違いした時、幼馴染みの「特権」で優越感を感じていた時、竜ヶ崎に膝枕をしてドギマギした時、たしかに一喜一憂していた。  実感し出すと、それは際限無い好きで溢れてしまう。違和感の正体は「好き」だからに他ならないのだ。  その事実を乱闘後に気付く弓月も弓月である。 「頭、痛むよな。俺がもっと早く駆けつけていりゃ……」  こちらは好きという感情が芽生えて、若干表情の作り方を忘れかけているのだが、竜ヶ崎はそれどころではないらしく、「俺がもっと弓月の裏番を吹聴して回って——」とぶつぶつ言っている。 「いやいや、そこは俺を褒めてよ。俺、結構善戦したのよ? 岡田って言う奴の攻撃は全部避けたし。不意打ちさえなけりゃ、俺だってそこそこやれるっ!」 「……口元、なんだ」  竜ヶ崎に言われるまで表情の作り方以上に忘れていたが、岡田との邂逅(かいこう)に挨拶代わりのパンチを貰っていた。  全くもって情けない形で口元の腫れを指摘されている。  口籠る弓月に「もう大丈夫だ。アイツらの利き手の関節を乱暴に外したから、戻すのが下手な奴に当たれば、今までのように腕は振れなくなるし」と血の気が引くようなことを言う竜ヶ崎。  竜ヶ崎はあの騒ぎの中、岡田と弓月の頭部を殴打した男の武器を持つ手をしっかりと見ていたらしい。    それには「どこまでもカリスマ的だな」と言わざるを得ない。  弓月の秘密の特訓で、岡田の刃物から身体を傷つけないで済んだことなど一瞬で霞んでしまった。 (ま、出会い頭に殴られてるし、格好はついてないけど)  竜ヶ崎に連れて来られた病院先で、弓月は再度意識を手放した。言わずもがな、アドレナリン切れだった。

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